第6話 冒険者ギルドにて



 周りの建物と比べて大きめな三階建ての冒険者ギルドの建物には、チラホラと人の出入りがあった。

 出入りする人々の情報を入手しつつ、自然体を維持したまま建物へ入る。

 ひっきりなしというほどではないが人の往来がある時間帯だからか、視線を集めることなくギルド内を歩いていく。

 正面の受付カウンター、壁の掲示板に貼られた依頼書、その反対側に作られた酒場兼食事処、建物の外観から予想できた百人は余裕で入れる広々とした空間は、どこか既視感を覚える光景だった。

 例え世界が変わろうと、似たような環境下で人が考える物に大きな差異は生まれないのだろう、と思える内装を見て感慨深い気持ちになる。


 正面の受付カウンターから視線を上に向けると、冒険者受付、依頼人受付、冒険者登録、の3つの文字がカウンター毎に掲げられており、どうやら目的別にカウンターが分かれているようだ。

 離れたところには素材受取専用カウンターがあり、専門家らしき男性が冒険者から受け取った素材を査定している。

 受付を目的別に分けているのは、人の混雑の解消と職員の負担の軽減が目的なのだろう。

 全部で10ある受付の中で並ぶ者が最も多い“冒険者受付”のカウンターの数は5つと一番多く、どの受付にも若い女性が座っていて忙しそうに冒険者の対応をしている。

 端にある“依頼人受付”は1つ、“冒険者登録”は2つカウンターがあるが、職員はそれぞれに一人ずつしかいない。

 目的である冒険者登録を行いに2つあるカウンターの内、職員がいる方の受付の前へと向かう。



 登録料を支払うと、受付の男性職員から渡された登録用紙の空欄を埋めていく。

 氏名欄にはリオン・クロガネと書こうかと思ったが、冒険者で姓があるのは殆どいないようだったのでリオンとだけ書いておく。

 ステータス上もリオンとだけ表示されているからそっちがいいか。

 年齢は……ステータスを視るに、どうやら22歳のようなので22歳と書いておく。

 戦闘スタイルの欄だけは何を書くか一瞬悩んだが、正直に偽装ステータス通りに魔法剣士と書くことにした。

 好む依頼傾向の欄では、対魔物、対人、採取、迷宮の四つに丸をしておいた。

 護衛などもあったが、出来る能力があっても好むわけではないので丸はしなかった。

 全てを書き終えた登録用紙を職員に渡すと、冒険者ギルドの説明を受ける。


 冒険者ギルドはランク制で最下級冒険者であるFランクから始まり、下級冒険者のEランクとDランク、中級冒険者のCランクとBランク、そして上級冒険者のAランクといった風に上がっていく。

 一般に到達できる限界と言われるAランクの上には、英雄と言われるほどの強さを持つ者だけが至れるSランクがあり、国内のSランクの数がそのまま国力に繋がるほどで、冒険者ではないSランク相当の者や引退した者も含めれば世界に二百人以上いるらしい。

 そして、そんな最上級冒険者であるSランクすら敵わない規格外の強さを持つが故に、超越級冒険者と称されるSSランクがトップに君臨するとのこと。

 SSランクは各国の王ですら権力を振り翳すことができないほどの社会的地位を持っており、世界でもたった4人しかいないあたりにその希少性と存在価値が窺える。



「ーー最下級冒険者であるFランクの時は、依頼を達成してから一ヶ月以内に次の依頼を受けなければ更新切れという形で登録が抹消されます。下級冒険者で三ヶ月以内、中級冒険者で六ヶ月以内、上級冒険者で一年以内と期限は延びていきます。ただし、上級より上は別です」


「SランクとSSランクはその期限が無くなるのですか」


「その通りです。その二つは元より推奨ランクの依頼が少ないというのもありますが、ギルド側としましても期限切れなどでSランクとSSランクを失いたくないですから無期限になっております」


「なるほど」


「ここまでで何か質問はございますか?」


「では、期限については分かりましたが、ギルドの会費や市に納める税の方はどうなっているのでしょうか?」



 そう尋ねると男性職員は目をパチクリとさせていた。

 はて? 何かおかしなことを言っただろうか。



「どうかしましたか?」


「あ、いえ。失礼しました。会費や納税のことを尋ねられた方は私が知る限りでは初めてのことでしたので、驚いてしまいました」


「そうなのですか? ギルドに所属してその扶助を受けるなら当然存在するものと思っていたのですが」


「仰る通りです。ですが、扶助は無料で受けられるという認識の方も珍しくありませんので。会費と税金に関しましては、税金はギルドが国に納める分と併せて一括して納めていますので、会費とともにギルド側の手数料として報酬から天引きされております」



 税金と言えば、本来なら町に入る際には入市税が必要なところを、依頼で頻繁に出入りする冒険者は無料になっているそうだが、実際にはギルド側で徴収して町や国に支払っているらしい。

 それでも入市税をそのまま支払うよりは安くなっているのは間違いないし、手持ちが無くとも町に出入りができて、身分証明書にもなるので色々とお得なのは間違いないだろう。



「冒険者が皆ギルドにお金を預け入れているわけではありませんし、貯蓄しない者も珍しくありません。いつ亡くなるか、または一つの拠点にいつまで留まるかも分かりませんから、このような形になっております」


「そういうことでしたか。納得しました」


「ご理解いただけたようで何よりです」



 ランクと金の話が終わってからは、受注できる依頼とランクの昇級についての話になった。

 とはいえ難しい話ではない。

 自らの一つ上のランクの依頼まで受注することができ、下のランクの依頼は受注制限は無い。

 注意すべき点として、受注した依頼を依頼書に記載された日数などの条件で完遂出来なかった場合、報酬額の3割が違約金として払ってもらうことになることか。

 あとは、依頼書を持って冒険者受付カウンターで受理して貰ってからでないと、魔物を討伐しても依頼達成にはならないという当たり前のことぐらいだ。

 昇級試験の方は、具体的な昇級基準は明かせないが、適正ランクの依頼を受注し達成していけば、いずれギルドの方から昇級の案内が来るらしい。



「昇級試験は大まかな枠組みの節目のランク時のみ行います。最下級から下級へ上がるEランク昇級試験、下級から中級へと上がるCランク昇級試験、中級から上級へと上がるAランク昇級試験の時ですね。当然、SランクとSSランクもそれぞれ昇級試験があります」


「昇級試験ですか。やはり一番下から順に昇級していくしかないのでしょうか?」


「基本的にはそうですが、このアルグラート支部をはじめとした一部のギルドでは、実力のある新人を引き上げるための制度として、新規登録冒険者の戦闘力を測る特殊試験官が配属されています。この試験官から実力を認められれば最高でBランクから始めることが可能です」


「それは有り難い制度ですね。戦闘力を測るということは模擬戦ですか?」


「そうなります。試験内容は木製の武器を使った模擬戦で、挑戦できる機会は登録時の一度だけです。ちょうど当ギルド所属の試験官の手が空いておりますが、どうなさいますか?」



 一度だけか。悩むまでもない。



「是非、お願いします」


「……この試験では出来る限り素の戦闘力を測るために能力増幅系の魔導具マジックアイテムの使用が禁じられておりますが、それでも試験を行いますか?」


「魔力や魔法を使うのが禁止でなければ問題ありません」


「模擬戦ですので致死性の高い魔法や家屋を大規模に倒壊させるような魔法は禁止ですが、それ以外の制限はありません」


「では、試験をお願いします」


「かしこまりました。ギルドの説明もちょうど終わりましたのでこのまま試験に移ります。準備を致しますのであちらの席でお待ちください」


「分かりました」



 他の職員に声をかけてから二階に上がっていく男性職員を見送ってから席に座る。

 アルグラートに特殊試験官がいたのは運が良かった。

 実利的にも自己顕示欲的にもさっさとランクを上げるに越したことはない。

 目の前に【情報蒐集地図フリズスキャルヴ】の地図をウィンドウ表示し、屋内のギルド職員を検索する。

 それぞれの簡易ステータスを閲覧し、先程の男性職員を探すと、ちょうど高レベルの職員に声をかけているところだった。



「この人かな。レベル六十四で元Aランクの上級冒険者か。あ、詳しく見れるようになってる。……おや、これは。ふむ」



 先程まで地図上では簡易的な情報しか閲覧出来なかったのが、詳細に表示できるようになっていた。

 人が大勢住まうアルグラートの地図をずっと表示していたからだろうか?

 あるいは一定時間地図上のエリアに滞在したから実績みたいなモノが達成されたのかもしれない。要検証だな。

 あ、そういや特殊試験官に勝つのに偽装ステータス上のレベル三十五は低すぎるよな。

 うーん、思い切って五十にしとくか?

 地図上で検索したところ、アルグラート内ではこの特殊試験官を含めてレベル六十台は四人、レベル五十台は七人しかいないようだ。

 レベル五十台は一人二人じゃないけど少ない。

 でも勝つつもりならレベルが離れすぎていても怪しい気がする。



「……まぁ、なるようになるだろう」



 偽装ステータス上のレベルを五十に変更した。スキルは変更無しだ。

 それから、特殊試験官のスキルを確認していると程なくして受付をしてくれた男性職員がやって来た。



「お待たせしました。準備ができましたのでご案内致します」


「分かりました」



 地図を閉じてから立ち上がり、男性職員に案内された場所はギルド屋内の訓練場だった。

 そこには二メートル近い身長に、筋骨隆々という言葉が相応しい肉体、右頬に斬られた跡である古傷がある中年の大男が待っていた。



「ガリアスさん。此方が今回の試験を受けるリオンさんです。リオンさん。彼方が当ギルドの特殊試験官であるガリアスさんです」


「初めましてガリアスさん。リオンと申します。今回はよろしくお願いします」


「ああ。特殊試験官のガリアスだ。随分と礼儀正しいな。もっと楽に喋って構わないぞ」


「試験に合格してからそうさせて貰います」


「礼儀正しくも気合いは充分みたいだな。試験だが、内容は簡単だ。彼処にある木製の武器を使って制限時間五分の模擬戦を行う。判定方法は俺に一撃でも有効打を与えればBランク、有効打でなくとも身体に攻撃を当てればCランク、当てられずとも見込みがあればDランクからスタートだ」


「Eランクの場合はないのですか?」


「EランクもFランクも然程変わらん。それぐらいの実力なら通常通りFランクから始めるべきというのが俺の考えだ」



 なるほど。確かに言われてみればその通りだ。

 納得できる理由なので首肯しておく。



「理解したな? よし、じゃあ武器を選んでこい。今ある武器と能力増幅系魔導具の類は外してグラウに預けとけ」


「分かりました。では、これをお願いします」


「お預かりします」



 登録受付をしてくれた男性職員ーーグラウに剣を鞘に入れたまま剣帯ごと預けてから、木製武器が種類別に置かれた箱を見ていく。

 その中からオーソドックスな長剣型の木剣を選んでからガリアスの対面に立つ。

 ガリアスの手には身の丈ほどのサイズの大剣型の木剣が握られている。

 例え木剣とはいえ、あのサイズだ。

 ガリアスの筋力とレベルで振るわれた一撃をまともに食らったら、普通に致命傷だよな。



「魔法が使えるなら使っても構わない。説明は受けただろうが念の為言っておくぞ。模擬戦で魔法を使う際は、致死性の魔法や建物を破壊するような魔法の使用は禁止だ。また、魔法に限らず模擬戦だから相手を故意に殺害するようなのは禁止だ。言うまでもないが、これは俺にも当てはまることだから心配はいらない。模擬戦で生命を失うのは避けたいからな」


「了解しました。有効打というのは寸止めでも構いませんか?」


「ああ、構わない。だが、俺は防御系スキルがあるから寸止めはしなくても大丈夫だぞ?」


「……念の為寸止めでいきます」


「ほう。大した自信だな。こりゃ楽しみだ」



 ニヤリと男臭い笑みを浮かべるガリアスに微笑を返すと、グラウが開始の合図と時間切れを知らせるために少し離れた場所に移動する。



「お二人とも、準備はいいですね? それでは……始めッ!」


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