第5話 領都アルグラート


 ◆◇◆◇◆◇



 アークディア帝国ヴァイルグ侯爵領の領都〈アルグラート〉の北側には未開拓領域であり、数多の魔物が生息している〈リュベータ大森林〉が広がっている。

 東西南北の北を除いた三方からは他の都市へと繋がる道が延びており、歴代の領主による幾たびの拡張整備を経て、それぞれの街道は三両の馬車が余裕で行き交うことのできる規模の幅で開通されている。

 それ以外にも、魔物や盗賊の襲撃を警戒・対処がし易くするために、見通しが良いように周りの草木が切り拓かれているなど、ヴァイルグ侯爵家の力の入れようが窺える。


 すぐ近くに魔物の領域が広がっている一見危険な都市がヴァイルグ侯爵領の領都とされている理由は二つある。

 一つは、アルグラートと魔物の領域の間には大河が流れており、空を飛ぶ魔物以外は流れが急なうえ水深が深い大河を渡って都市側に来ることがない。

 その空を飛ぶ魔物も森の中で餌に困ることはないため滅多なことでは森の外へ出てこないため比較的安全であること。

 もう一つが、ヴァイルグ侯爵領において侯爵家直属の戦力がアルグラートに常駐することは様々な面で都合が良いからだ。

 近くの魔物の森からは魔物の素材や、希少な薬草をはじめとした様々な森の恵みを採取することができる豊かな土地を持ち、西の山には侯爵家所有の銀鉱山があり、国の中心地である帝都へと繋がる南には他領ではあるが穀倉地帯が広がっているなど経済面からアルグラートの立地の重要性が理解できる。

 また、東は隣国との国境を守る辺境伯の領地と接しており、援軍や補給物資を送る必要がある場合はすぐに送ることができるなどと、経済面でもそれを守る治安維持の面でも国防の面でも領の中心地たる領都に決めるに値する土地なのだ。



「そんな重要な都市だからこんなに人が多いわけか」



 集めた情報とインストールされていた知識を合わせてアルグラートをそう評価して周りを見渡す。

 都市の東門から入った先には昼時なのもあるのだろうが、多くの人が行き交い賑わっていた。

 目の前にいる大多数の人は、前世の地球の人々と同様の身体的特徴である〈人族〉だが、人族に犬や猫など様々な獣に似た耳と尻尾が生えている〈獣人族〉もいる。

 他にもこの世界には、全体的に美しい容姿に加えて横に長い耳を持つ長命種の〈エルフ族〉や、矮躯ではないが筋肉質な肉体と毛量多めという特徴を持つ〈ドワーフ族〉、外見詐欺な強靭な肉体と両側頭部から生えた角が特徴的な長命種である〈魔人族〉、その近縁種であり額から角が生やした〈鬼人族〉、エルフほどではない長い耳と魔人族と同様に側頭部から角を生やした長命種の〈竜人族〉などの人類種がいるようだ。

 人が少ない東門近くではいなかったが、他のところにはエルフなどの他の種族がいるかもしれない。


 自分が歩いてきた街道には他種族どころか人が全くいなかったが、途中で合流したアルグラート東部の他の街道ではそれなりに人の往来があるようで、昼前に辿り着いた時には東門の検問所前に長蛇の列ができており、都市に入るのに一時間近くかかった。

 列に並んで順番が来ても身分証がないため他とは異なり、簡単な質疑応答と真偽を判定する魔導具を使って犯罪を犯したか否かの質問を受けてから身分証の再発行をしてもらった。

 入市税を払う時は身分証の再発行料も含めていたためそれなりの額を支払うことになったが、身分証がないのにこれだけで済んだのは事前に集めた情報のおかげだ。

 近くに魔物の森があるためこの辺りの領民で冒険者を目指す者はアルグラートにやって来るらしい。列の少し前あたりにそんなことを話す10代半ばぐらいの少年少女達がいた。

 その少年少女達も身分証がなかったが魔導具を使って犯罪歴の有無を確認されただけであっさりと通されていた。

 自分の番が来た時に同じように話したのだが、彼らとはひと回り近く外見年齢が違うので少し時間がかかった。

 同年代ぐらいの者達は皆身分証を持っていたから、子供達のようにはいかないだろうとは思っていた。

 そのため、「夜に魔物に襲われたので戦ったのだが、どこかに落としたことに朝起きてから気付いた」と予め用意しておいた解体済みのフルースクの素材を数体分見せながら説明したら驚きながらも納得してくれた。

 その結果、列に並んで都市に入るまでに【盗聴ワイヤタッピング】【説得】【弁明】【詐術】【交渉】【無表情ポーカーフェイス】を習得した。

 便利そうだが犯罪染みたスキルもあるので正直複雑である。



「ふむ。文明レベル自体は気持ち前よりは少し上かな?」



 すぐにはギルドに向かわず屋台で買い食いをしたり、露天商から良さそうな日用雑貨を買い集めたり冷やかしたりしながら情報を集める。

 庶民の格好に衛生観念、食糧事情に食文化、日用品の種類に質、通りに落ちているゴミや汚物の有無、治安の良し悪しなどから総合的に考えて、前の異世界と同じ中世ぐらいの文明レベルだが、メモに使える質の紙が一般にも安価で普及しているし水絡みのインフラも整っているようで、此方の方が発展しているように見える。

 現代地球レベルとまでは言わないが暮らしやすそうで何よりだ。



「潔癖症とまでは言わないけど気にするタイプだから前よりキレイなのは嬉しいね。後は風呂だな、うん」

 


 昨日はアジトで手に入れた水瓶の水と清潔な布で身体を拭くことしかしていない。

 微妙にスッキリしていないこの気持ちは、シャワーや風呂でリフレッシュできない精神的な面から来ているのだと自覚している。

 竜から【火炎魔法】を手に入れたから残るは水の確保だけだ。

 水はリフレッシュな理由以外にも水分補給という生きる上で必要な要素でもある。

 だから出来るだけ早く気軽に水を使える環境を整えたいところ。

 魔導具でもいいがベストは魔法だ。

 元より油田の如き莫大な量の魔力を生み出し、蓄えることができるほどの規格外の性能を持っていた魔力機関が、レベルアップする度に全能力値にかかる補正を受けて更に強化されている。

 今なら馬鹿みたいに魔力を喰う【神焉槍顕現グングニル】を、具現化するだけならば長時間可能なほどに魔力が有り余っていた。

 今の魔力の生成量なら水分補給や風呂のために水を生成し消費する魔力量を、自然生成される魔力量が上回るかもしれない。



「魔力は充分で発動は前より楽になっても、該当する属性の魔法スキルがないと魔法が使えないのは大きなマイナス点だよな」



 まぁ、最悪我慢出来なくなったら、或いは探したり待つのが面倒になったら風呂自体をユニークスキルで生み出してもいいだろう。

 湯浴みだけを目的に生み出すのは気分的に勿体無い気がするが、他の要素と合わせれば野営道具としては破格の物になりそうだ。

 今日のところは湯浴みができる場所を探して泊まる予定だが、今から設計とアイディアを詰めておくのも悪くない。

 それからも大通りに沿って散策を続け、購入した商品を人の視線が途切れる度に【無限宝庫】に少しずつ収納したり、背嚢に入れるフリをしてから収納したりしていった。

 背嚢と長剣以外の荷物を全て収納し終えると、一休みがてら近くの広場に出ていた屋台で果実水を買ってから石のベンチに座る。



「さて、どこのギルドに所属しようかな」



 検問所ではその場凌ぎで冒険者ギルドと言ったが、他にどんなギルドがあるか調べる前に決めてしまうのは早計だろうと思い情報を集めた。

 その中には商人ギルドなど幾つかのギルドがあったが、商いも含めてこの世界での平均が分からない状況下で、下手な技術や商品をギルドという大きな組織の目に晒すと面倒くさい事になるのは目に見えている。

 仮に、その方面のことを行うにしてもギルドに所属してまで本格的に行うことは現時点ではないため却下、という結論に至った。



「やっぱり冒険者ギルドしかないか」



 結局初期案だな、と苦笑しながらベンチから立ち上がり飲み終えたコップを屋台に返却すると、歌を口ずさみ剣の柄頭を軽く叩きながら冒険者ギルドへと向かう。

 東地区から冒険者ギルドがある北地区へ徒歩で移動するにはアルグラートは広い上に建造物も多い。

 共に中央地区に近い位置にあるとはいえ、冒険者ギルドに辿り着いた頃には既に陽が傾き始めていた。

 

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