ゴリライブ・ア・ライブ

 今日は彼らのドームライブへ行く。

 ファンクラブには、いち早く入った。

 チケットの抽選倍率は凄まじいものだった。


 しかし、私は勝ち取った!しかも最前列の最高の位置。

 私は神に感謝した。



 デビュー後、彼らの名前はあっという間に日本中に広がった。

 実力は元々、群を抜いている。

 演奏テクニックはもはや人間業では無い。

 むしろ半数は人間では無い。


『ゴリラだ。』


 こうなる事は必然だったのだろう。

 出す曲は全てオリコンチャート1位。


 そして満を持しての、このドームライブ。

 成功は約束された様なものだった。

 

 そして幕が上がる。



 まず、どうしても気になる事がある。



『ドラムがゴリラになっている・・・。』


 どうゆうことだ?彼らになにがあったのだ?

 ヴォーカル1、ゴリラ3だ。


 ゴリラのドラムは常軌を逸していた。

 パワフル何て言葉では生温い。

 そのテクニックは前のドラムの彼をゆうに超えていた。


『しかし、何かが違う・・・。』


 分からない・・・でも違うのだ。

 確かに、素晴らしい曲の数々。完成度は格段に上がっている。


 でも・・・あの輝きに満ちた演奏とは、

私の心を奪った、あの音とは何かが違うのだ・・・。


 その時、センターのゴリラと目が合った。

 ゴリラは苦笑いをした様に見えた。

 浮かない顔をしている私に気付いたのかもしれない。


 曲と曲の間の静寂。


 そこに怒鳴り声が響いた。


「なに、気の抜けた演奏をしてやがる!俺からドラムを奪っておいて!

 そんな音じゃ・・・諦めるに諦められないじゃないか!!」


 そこには泣きそうな声で叫ぶ・・・ドラムの彼がいた。


 そっとステージを降り、近づくセンターゴリラ。


「俺はそのゴリラのドラムに惚れてしまったんだ・・・俺では勝てないと・・・。

 このバンドには彼のドラムが必要だと・・・だから俺は・・・。

 なのにその演奏はなんだ!?なんでなんだよ・・・」


 それは悲痛な叫びだった。

 

 彼はバンドを想い、自ら身を引いたのだろう・・・。 

 しかし、それは間違いだったのではないか?

 音楽はテクニックだけではないのだ。


張り詰めた緊張感の中・・・


「ゴ・・・ゴリラだ!?本物のゴリラがいる!!」


 隣の客席から叫び声が上がる。

 何を言っているのだ?

 

『彼らは最初からゴリラだ。』


 今更、何を言っているのか?にわかか?

 しかし連鎖する恐怖。会場全体が混乱の渦に巻き込まれる。

 逃げ惑う人達。

 


 その時だった。



 巨大な照明のスタンドが私に向かって倒れてきた。

 それは人の力では遮る事の出来ない、死を覚悟する重量だった。


 もうダメだと思ったその時、目の前に大きな黒い塊が現れた。


『ゴリラだ。』


 そして彼は、右腕一つでそれを受け止めたのだ!!


 恐怖に怯える私に彼は、にこやかに笑いかけた。


 しかし・・・彼の右腕からは・・・血が流れ落ちていた・・・。


 彼はそっと照明を地面に下ろす。

 

 私は大粒の涙を流す・・・。

 彼の腕は・・・ベースは・・・このバンドの基盤だと言うのに・・・。


・・・

 

 静まり返る会場に・・・小さな低音が響く。


 

 それは徐々に大きくなり、複雑な音を織りなす。



 この音は、彼のベースの音?


『いや!違う・・・それ以上だ!』



 そこにキーボードの音が重なる。音はうねりになり会場を包む。



 ゴリラは元ドラムの彼を優しく左腕で抱え、ステージへ戻っていく。

 

 ヴォーカルのギターの音もそこに加わる。


 私はステージを見つめる。


 ベースを弾いているのは・・・


『ドラムのゴリラだ。』


 ゴリラは元ドラムの彼をそっとドラムへと誘う。

 いや、元ドラムではない。彼こそがこのバンドのドラムだ!


 後で知る事になる。あのドラムゴリラはベースの為に現れたゴリラだったのだ。

 ドラムの彼は、勘違いをしていたのだ。


 戸惑うドラムの彼を、元ベースゴリラは優しく見つめる。


 演奏にドラムが加わる。

 そう、この音だ・・・彼らに輝きが戻る!

 

 音楽は、心なのだ。魂が惹かれ合う。


 この曲は・・・あの時、あの駅前で初めて彼らの音を聴いたあの曲だ。


 コーラスが伴奏に混じる。

 ベースを下ろし、コーラスに専念した彼の歌声は・・・


『神の福音』


 私は、また涙を流していた。

 それは先程までの涙とは全く違っていた。


 会場の恐怖は、完全に消え失せていた。

 皆立ち上がり、ある者は涙し、ある者は祈った。

 雑音は消え彼らの音だけが会場を包み込む。


 その曲は、会場全ての人を魅了した。

 私は、音楽の完成形の断片を見た。


 後に人々はこのライブをこう呼ぶ。


『伝説のゴリライブと・・・。』


 曲が終わった時、会場は歓喜の声に溢れていた。

 私はあの音を、あのステージを忘れない。



 因みに、新しくベースになった彼の正式名称は・・・


いや、やめておこう。


『彼らは彼らだ。』


 

・・・・・


 その後、世界は感染力の強い未知のウイルスにより悲しみの連鎖に包まれる。


 ライブ等の人が集まるイベントは禁止された。


 そんな中、彼らは無料の配信ライブを世界中に発信した。


 彼らの歌声は、世界中の人々に勇気と希望を与えた。


 明けない夜はないのだと・・・。


 彼らの挑戦はこれからも続いていく。


 彼らならきっと成し遂げるのだろう。


 それはきっと、ゴリラかどうかなど些細な問題なのかも知れない。

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ゴリライブ フィガレット @figaret

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