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 あさって、舞子は都内を歩いていた。今日は休日で、昼間も多くの人が歩いている。とても賑やかだ。舞子は休日になると気分転換のため街中を歩いている。


 と、舞子は街中である青年を見つけた。土木事務所で清掃作業をしていた浩平だ。浩平もこの日は休みで、久しぶりの休日を楽しんでいるようだ。


「あのー」

「どうしたの?」


 浩平は振り向いた。そこには舞子がいる。まさかここで会うとは。浩平は驚いた。


「ちょっと話したいことがあって」

「いいですけど」


 浩平は元気がなさそうだ。健三に怒られた事がまだ尾を引いている。


「ありがとう。喫茶店でいいかな?」

「うん」


 舞子と浩平は喫茶店で話をする事にした。喫茶店の店内はそこそこすいている。数人がコーヒーを飲みながらお菓子を食べているぐらいだ。


「うん。とんでもないこと言ってしまったと反省しているよ。その結果がこの頭だよ」


 浩平は頭を見せた。昔はスポーツ刈りで、かっこいい髪形をしていた。だが、健三のハゲを笑った事で健三に怒られ、スキンヘッドにしろと命令されたという。


「わかる」


 舞子は浩平の頭を撫でた。浩平の気持ちがよくわかった。とんでもない事をしてしまった。今はその報いを受けているんだと思っている。


「大樹のオヤジにコテンパンにやられて目が覚めたよ」


 と、舞子は浩平の額の傷が気になった。この傷は何だろう。健三に殴られたんだろうか?


「何なのこの傷は?」

「キレて椅子で殴られたんだよ」


 舞子は驚いた。健三にこんな事をされるなんて。ちょっとやり過ぎじゃないか? 反省しているのなら、こんなに暴力する必要はないんじゃないか?


「そんな・・・」

「仕方ないんだよ。自分が悪いんだ。どんなに悔やんでも償う事は出来ないんだよ。僕はこれからずっとこの過去を背負っていくんだよ」


 浩平はそれを受け止めていた。それは自分への罰だ。僕が健三をバカにしたからなんだ。僕は今、仕返しを受けているんだ。抵抗せずに受け止めるしかないんだ。


 舞子は何も言う事ができなかった。こんな事があったのか。更生して、気分を取り戻して、7日に気持ちよく始業式を迎えてほしいな。




 その頃、本村家では休日とは思えないほど大騒動が起きていた。大樹が暴れている。あと少しで春休みが終わり、新しい学期が始まるのが嫌なようだ。またいじめられるのがトラウマで、行きたくないと言っているようだ。


 大樹は朝から壁を蹴って暴れている。両親が静止してもなかなか止まらない。


「大樹、どうしてこんなに乱暴なことするの?」


 七恵は大樹を引っ張った。だが、大樹は振り払い、七恵にも暴力を振るう。度重なる暴力で、七恵の体は傷だらけだ。


「あいつらが許せねぇんだよ!」


 大樹はいまだに浩平らが許せなかった。あいつらが学校に来なければいいんだ。死んでしまえばいいんだ。もはやだれも止める事ができない状態だ。


「やめて! 大樹やめて!」


 七恵は必死で訴えた。だが、大樹の力は強く、なかなか止める事ができない。健三は何もできずにそれを見ている。


「あいつが許せないんだよ!」


 大樹は七恵を突き飛ばした。七恵は壁に後頭部を強く打った。意識を失う事があったが、痛い。大樹は一生部屋の中でいいと思っている。もう外に出たくない。


「やめて! それ以上はやめて!」


 七恵は必死な表情だ。また立ち直って、7日からまた学校に行ってほしい。もういじめはなくなったじゃないか? もう反省しているじゃないか?


「でもあいつだけは許せねぇ」


 大樹は七恵を力づくで追い出した。七恵は抵抗したが、大樹には太刀打ちできない。


「どうにか開き直って!」


 だが、大樹は勢いよくドアを閉めた。七恵は倒れながらその様子を見ている。今日も大樹を立ち直らせることができなかった。


 その後ろには、仕事から帰ってきた健三がいる。健三は七恵をじっと見ていた。まだ説教が足りないんだろうか? もっとしごくことが必要なんだろうか? あれほど反省しているのに。どれだけこんな事をしたら大樹は開き直ってくれるんだろうか?


 健三は七恵の肩を叩いた。七恵は驚いた。まさか、健三がいるとは。七恵を励ましに来たんだろうか?


「七恵、大丈夫か?」

「大樹の事で」


 七恵は泣き出した。どうしたら元の大樹に戻るんだろうか? このままずっと引きこもっているんだろうか?


「大丈夫だ、いつか元通りになるさ」


 健三は信じていた。7日の始業式までには必ず立ち直ってくれるはずだ。もうみんな反省している。自信を持って学校に行ってほしい。




 その頃、舞子は夜空を見上げながら考えていた。今の人生、このままではまずかったな。自分は教員になるために大学に行ったのに、なれずに土木事務所に就職した。ネットに依存していなければ、自分は順調に教員になれたのに。舞子は悔やんでいた。


「舞子、どうしたんだ?」


 舞子は後ろを振り向いた。そこには隆がいる。隆は休日出勤で、たった今帰ってきたようだ。


「い、いや、何でもないの」

「そう」


 隆は舞子の部屋から立ち去り、ダイニングに向かった。その後も、舞子はその後も夜空を見上げている。


 下では裕子と隆が話をしている。裕子は晩ごはんを作っている。今日の晩ごはんはとんかつだ。


「ここ最近変ね」


 裕子も舞子の最近の行動が気になっていた。何か考え事をしているようだ。何か悩んでいる事があるんだろうか?


「俺は何とも思ってないけど」


 隆は何とも思っていないようだ。何か気になる事があるんだろうか? 今日の晩ごはんで聞いてみよう。


 晩ごはんの席で、隆は舞子に何を考えているのか聞くことにした。舞子はいつものようにご飯を食べている。


「舞子、最近どうした? なんか考え事しているようだぞ」

「教員の夢を諦めきれないの」


 舞子はやはり教員への道をあきらめきれないようだ。今の仕事より、教員の方が楽しいに違いない。かねてからの夢だったから。


「そうなんだ。でも諦めろ! 就職して頑張れ」


 隆は強い口調だ。家計を支えるためにも大学を卒業したらすぐに就職してほしい。教員なんて、向いてないと言われたのだろう。諦めろ。


 そう言われると、舞子は落ち込んでしまう。家計を支えなければならない。そして、いい人を見つけて、幸せな家庭を築かなければならない。やはり教員の夢を諦めなければならないのか。そう考えると、舞子の食欲が落ちてしまった。


 いつの間にか、舞子は泣いてしまった。道を間違えていなければ、自分は教員になって、幸せな日々を送っていたのに。どうして自分は人生を踏み外してしまったんだろう。

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