Restart

口羽龍

1

 今日は4月1日。新年度のスタートだ。多くの職場では、新入社員があいさつをする。そして、新しい職場になじむために頑張る。


 この土木事務所でも、新入社員がやって来る。1台の軽自動車がやって来た。その中には1人の女性がいる。その女性は畑中舞子(はたなかまいこ)。今日から土木事務所に勤める女性だ。


 土木事務所の前には桜の木があり、今が見ごろだ。通り過ぎる人々はしばしば足を止め、その美しさに感動している。


 その少し前に1人の中年の男がやって来た。すでに仕事で使うものを自分のデスクに置いてきた。後は今日来る新入社員を迎えるだけだ。その男は頭がはげていて、少し太った体型だ。男の名は本村健三。


 そろそろ舞子が来る時間だ。迎えに行かないと。今頃、入口で待っているだろう。健三は1階の入口に向かった。


 その途中で、健三は1人の男と目が合った。清掃員だ。その清掃員は中学生で、中学校のジャージを着ている。


「おはよう」


 健三は声をかけた後、健三は清掃員の青年を蹴飛ばした。青年の名は林浩平(はやしこうへい)。この近くの中学校に勤める中学生だ。


「いてっ!」


 浩平は痛がった。だが、健三は何も謝らない。わざとらしい。それどころか、健三は笑みを浮かべている。


「俺をなめてんじゃねーぞ」


 健三は青年の胸ぐらをつかんだ。健三は浩平を恨んでいるようだ。


 健三は1階の入口にやって来た。入口には舞子がいる。


「畑中舞子さんだね」

「はい」


 舞子は笑顔を見せた。今日から新しい日々が始まる。


「行きましょうか?」

「はい」


 舞子は健三の後について歩きだした。もうすぐ入社式だ。とても楽しみだ。


 健三はオフィスにやって来た。オフィスにはすでに社員がいる。彼らの中にはすでに仕事を始めている人もいる。

「えー、みんな、おはよう。今日からここで働くことになった、畑中舞子さんだ」

「畑中舞子です。よろしくお願いします」

 舞子はお辞儀をした。みんなが歓迎している。みんな笑顔だ。誰もが待っていたようだ。


 昼休み、弁当を食べ終えた舞子は廊下から外を見ていた。外では桜が咲いている。まるで私の門出を祝っているようだ。だが、本当はここに行きたくなかった。ちょっと複雑な気持ちだ。


 その時、1人の清掃員が通りがかった。浩平だ。スキンヘッドで異様に目立つ。あの青年は誰だろう。どうしてスキンヘッドなんだろう。舞子は疑問に思った。


「この傷、どうしたの?」


 舞子は浩平の額の傷が気になった。その傷は一体何だろう。


「いいんだよ。自分が悪いんだよ」


 浩平はうつむいている。何か考え事をしているようだ。


「何言ってんの? あの人が悪いのよ」

「仕方ないんだ。ほっといてよ」


 浩平は部屋を出て行った。舞子は止める事ができない。


 舞子は浩平の事が気になった。


「あの男の子の事なんだけど」

「あんな餓鬼、放っておけ!」


 健三は怒っている。浩平の事が嫌いなんだろうか?


「どうして?」

「なぜかって? あいつは俺をバカにしたんだぞ!」


 実は浩平は、健三の息子、大樹の同級生で、健三の頭がはげている事で大樹をバカにしたので、奉仕活動をしているそうだ。


「そんな・・・」

「俺、頭がハゲているだろ?」


 健三は自分の頭を見せた。だが、舞子は笑わない。人をバカにしてはいけないと思っている。


「うん」

「それで息子をバカにしたんだ。だからここで奉仕活動をしているんだ」


 健三は拳を握り締めている。とても怒っているようだ。


「そうなんだ」

「だから、スキンヘッドなんだ」


 ふと、舞子は浩平の顔を思い出した。確かにスキンヘッドだった。なるほど、バカにしたからスキンヘッドなのか。


「ふーん。でも、そんなことで」

「当たり前だろ! 相手のハゲをバカにした奴は、誰よりも髪を少なくして反省するものなんだよ!」


 健三の口調が荒くなった。バカにした浩平が許せない。今でもぶん殴りたい。


「ほ、本当?」

「ああ、からかわれた息子の命令なんだよ」


 その制裁は先生からの命令ではない。からかわれた大樹がとてもキレて、浩平に奉仕活動を命令したからだ。さすがに浩平は目が覚めたようで、すっかり反省して丸くなったそうだ。




 健三は家に帰ってきた。本村家は東京の郊外にある2階建ての1件家だ。結婚した時に建てた家だ。


「ただいまー」


 その声に反応して、妻の七恵がやって来た。七恵はかつて、健三と同じ会社で働いていたが、結婚を機に退職し、現在は主婦だ。


「お帰り、大樹(だいき)は?」

「2階よ。今日もあんまり近づかない方がいいわよ」


 息子の大樹はあの時以来とても落ち込んでしまい、部屋から出られなくなってしまった。春休みを終えてまた学校に行けるんだろうか? 健三と七恵は不安だ。


「そうか」


 健三は下を向いた。どうしたら再び振り向いてくれるんだろうか?


「いつになったら元の大樹に戻るのやら」

「そうだな。気長に待つしかないな」


 七恵も困っていた。このままでは引きこもりになってしまう。何とかしないと。


 健三は上を見つめた。その先には大樹がいる。大樹は大丈夫だろうか? 彼は十分反省しているけど、まだ立ち直ってくれない。まだまだしごきが足りないんだろうか?




 その頃、舞子は仕事を終えて、家にいた。舞子の家は東京の東のはずれにある。本村家と同様に2階建ての1件家だが、少し小さい。


「舞子ー、ごはんよー」


 1階から母、裕子の声がした。2階でくつろいでいた舞子はその声に反応した。


「はーい」


 舞子は起きて、1階に向かった。下ではもう晩ごはんの準備ができている。もう両親は椅子に座って晩ごはんを食べるのを待っている。


 舞子は1階にやって来た。今日の晩ごはんはマーボーナスだ。舞子の大好物だ。今日から社会人になった舞子のために作った。


「今日はマーボーナスか?」

「そうよ、今日から社会人になったんだもん」


 裕子は嬉しそうな表情だ。今日から社会人になった舞子に喜んでいるようだ。


「ありがとう」


 舞子は椅子に座った。


「いただきまーす」


 舞子は晩ごはんを食べ始めた。それに続いて、両親も食べ始めた。みんな嬉しそうだ。今日は特別な1日だ。今日から舞子が社会人になった。舞子が新しい人生を歩み始めたのだ。


「会社、どうだった?」

「なかなか良かったよ」


 舞子は笑顔で答えた。だが、少し満足していないようだ。何か考え事をしているようだ。


「そう」


 父、隆は缶ビールのふたを開け、飲んだ。普段はあまり飲まないのに。今日はよほどうれしいのだろう。


「紆余曲折だったけど、いい所に入れてよかったじゃないの」

「うん」


 紆余曲折というと、舞子は少し戸惑った。というのは、舞子がそこに入るつもりじゃなかったからだ。


 元々舞子は、大学を卒業したら教員になろうとしていた。だが、成績が良くなく、教授らから信頼を得られなかったために諦めた。そして、家計を支えるために土木事務所に勤める事になったという。最初は嫌だったが、家計を支えるためだという事で入らざるを得なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る