ラブコメ風味な先輩と後輩の短編

由月みる

二人の日常

「突然ですが先輩、今朝のニュース見ました?」


 いつも通り登校していると、十字路のかげから声を掛けられた。

 塀に背をあずけ目を閉じた様子は、何処どこか自信に満ちた名探偵のよう。


「地球滅亡の予測が学会から政府に報告されたので今日の学校は休みになりました」

「わざわざ遠目で確認して、足音に耳を澄ませてたのか」


 そう言って学校に向けて歩き始めると、小走りで隣まで寄ってきた。

 この後輩はことあるごとに俺に学校をサボらせようとする。演技力は高めだと思うのだが、その場のノリでかたっているのか台詞が大雑把だと言わざるを得ない。


「で、本音は?」

「……今日英語の小テストなんで学校行きたくないんですよ」


 歩みは止めずとも全身で項垂うなだれるさまを見ていると、演技よりもむしろ本音を語っているときの方が大袈裟な表現をするのだなと思えてくる。そうでもしないと話題にすら出来ないほど小テストが嫌、という可能性も否定は出来ないが。


「苦手だとしても、出席くらいはしておけよ。うちの学校、一つくらい単位落としても問題ないが出席が足りてないと卒業できないぞ」

「わたしはそんな説教が聞きたいんじゃないんですー」


 そんな事は知っている。が、上級生としては言わない訳にもいかない。

 これでも、どうせ休んでも追試があるなどとは言わないくらいの優しさは見せているつもりだ。


「それで、学校には行くのか?」

「まー、先輩引っ掛けられないならサボる意味もあんまりないですからねー」


 毎度のごとく休みたそうにしている割に、サボった様子は見た事がない。やはり俺をサボらせようとしているだけなのだろうか。

 それからはいつも通りに他愛たあいもない話をしながら、やたらと感情表現豊かな後輩の相手をしながら学校へと向かった。


 もはや最初のきっかけも覚えていないが、この騒がしい後輩が高校に入ったばかりの頃からほぼ毎回一緒に通学している気がする。

 このコミュ力の塊みたいな後輩に限って友達がいないなんて事はないだろうが、友人と共にいる姿を見たことはないので少しばかり心配してしまうのは致し方ないだろう。


「ではでは後ほど」

「ああ、健闘を祈る」

「もう! せっかく忘れてたのに思い出させないでください!」

「ははっ、追試にならないといいな」


 そうは言いつつも、結果を聞く前に二人とも忘れてしまうのだろう。


   ◇


 午前中の授業が終わった。あの絡み具合から考えると授業中にメッセージを飛ばしてきて来そうなものだが、根は真面目なのだろう。本当に迷惑な事はしてこない。

 こう思ってしまうあたり、あいつの事は割と気に入っているのだろう。それを見越した上での作戦でないことは祈るしかない。

 そんな事を考えつつ、中庭の片隅に腰を下ろし、弁当を広げる。すると一人の女子生徒が近くに寄り、小さな手提げを片手に淑女が如く優雅なお辞儀をして見せた。


「お久しぶりです。こんな所で運命的な再会を果たした事ですし、このままどこかオシャレなカフェでお茶でもしませんか?」

「お久しぶりでもないし、いつものことだから運命的でもないだろうに」


 俺たちは毎日、中庭なのに何故か人気ひとけのないこの場所で昼休みのひとときを共にしている。

 ますます友達がいるのか心配になってくる所だが、手助けする必要があるとすれば彼女から頼られた時くらいだろう。頼まれてもいないのにあまり他人が口出しすることでもない。

 それはともかく、やはりこの執念深い後輩は会うたびに俺をサボらせようとしてくる。ノルマでもあるのだろうか。


 もはや定番の流れから始まり、いつものように二人で話しながらのんびりと昼食を食べ終える。

 少々おかずを奪われたが向こうも許容範囲に収まるように加減している。やはり狙ってやっているのかもしれない。

 そんな事を考えていたら不意に……唐突なのはいつものことだが、話を振ってきた。


「先輩。なんでわたしたちって生きてるんだと思います?」


 この能天気な後輩にしてはやけに思春期らしい質問だな。そう思ってしまった俺は冷めているのだろうか。


   ◆


「毎度の如く唐突だな。」


 いいじゃないですか。たまにはそういった事を話したくなる日もありますって。


「先輩って大体のことに対して持論じろんみたいなものがあるじゃないですか。なので頼れる先輩の考えを参考にさせていただこうかと思いまして」

「別にそういうわけでもないんだけどな」


 そう言いながらも頭をいて、真面目に相手をしてくれる。こう見えて、先輩に会えたことはわたしの高校生活の中でも相当上位にあたる幸運だろうなとは思ってるんですよ? 言うつもりはないですけど。


 クラスでは先輩にご執心、なんて言われてるけど別に恋してるわけじゃないんだよね。

 正直、もしこの先輩に告白されたら速攻で堕とされてしまうのではないかという危惧はないとは言えない気がしないわけでもないんだけれども、今のところは心配ないとも思ってる。この人は自分の気持ちに鈍感だろうし、多分超ド級のヘタレだろうし。

 まあ、クラスでの噂は告白を断りやすい雰囲気を生み出してるし、先輩には悪いですけどありがたく使わせてもらってます。


「生きる理由ね……読みたい本の一つでもあればそれで十分と思ってしまう俺としては、お前が望むような答えは出せないだろうな」

「…………」


 あれだけ勿体つけておいてその結果がこれなのかよ、って言いそうになったじゃないですか。


「……そこはそれっぽい答えのひとつでも捻り出して迷える後輩に道を指し示してあげるのが、先輩という立場にいる者の役目だとか考えたりはしないんですか?」

「そうは言ってもな。そんなことが頭をよぎったこと自体は俺にだってあるが、明日の献立でも考える方が有意義だったからな……」

「……仮にも思春期男子が何を言ってるんですか」


 この先輩は何を言っているのだろうか。

 こんな人ほど普段から哲学的思考にふけって何かしらの結論を出しているのかと思ってたんだけど。


「というか先輩、料理なんてできるんですか?」


 むしろそっちの方が意外だったんですけど。さっきのお弁当って先輩の手作りだったりします?


「多少だけどな。それはともかく、大して悩んだことがない俺が口先だけでお前にどうこう言った所で意味はないだろう」

「じゃあ先輩は、そういったことで悩んだことはないと」

「さっきも言ったように、多少は考えたこともあるがな。毎日の夕飯の大切さを再確認する結果になったが」


 考え事して調味料でも間違えたんでしょうかね。


「先輩にとって自分とは何者かとか、生きる理由はなんなのかとか。そういう問いかけは気にするだけ無駄ってことですか」

「別に自分が何者なのかって悩むことを否定はする気はないし、悩んでいるのはその必要があるからだろうとは思う。が、俺には答えを出せない」


 なんというか、回りくどい。結局何が言いたいんだろ。


「まぁ、精々が色んな人の生きる理由でも聞いてみたらどうかと提案するくらいだな。そしてその上でもう一度言うと、俺の生きる理由なんて、読みたい本があるとかそういったものの集合体だ」

「地道に探していけってことですか」

「自分で見つけるしかないからな。そうやって考えているうちにその問い自体が取るに足らないものに感じ始めたのなら、そうやって悩むことよりも大切なものがあるということなんだろう」


 なるほど……?


「そういえば、それだけのことなのになんでそんなに時間かけて考えていたんですか?」


 この先輩は結局のところ、「本が好き」「晩飯は大切」「ゆっくり考えろ」としか言ってないですけど。


「そりゃあ当然、理由なんて考えるだけ無駄だ。なんて言ってるように誤解されない言い回しを考えていただけだ。無責任に話すべきことでもないしな」

「あー。まぁそんなところだろうとは思いましたけどね。なんか今の先輩、やたらと気をつかってますもんね」


 この先輩は変に気を回しすぎなんだと思う。もっと肩の力を抜いてもちょうどいいくらいだと思う。こんな話題を振ったわたしもアレだけど、二人で話すときくらい気楽にしてくれてもいいと思う。


「そっちだって、前よりも口に出す前に考えるようになったんじゃないか?」


 失礼な。それじゃあ今までのわたしが考えなしに喋る生意気な後輩みたいじゃないですか。

 でも、もし先輩がそう感じたのなら。


「誰かさんのせいですよ、きっと」


   ◇


 楽しそうな、慈しむような微笑みを浮かべた後輩は、すぐにその頬を膨らませた。


「それにしても何なんですか? 今までバカにしてたんですか?」


 この変わり身の早さ、流石である。

 この様子だと本気で怒っている訳でもないだろうが、別に茶化す事でもないだろう。


「まさか」


 詰めは甘い思うが多種多様なネタを高い演技力とあわせて幾度いくどとなく披露ひろうできるのは、一種の才能と言えるだろう。俺をサボらせようとするために、という点では無駄な、とも形容できてしまうが。


「そもそも、たった一人の後輩との会話の時間を無駄と思ったりはしない」


 これは本心だ。

 特に何をした訳でもないのに毎日登下校、そして昼食に至るまでわざわざ向こうから足を運んでくれる後輩ができるとは思っていなかった。


「うっ……左様でございますか。」


 おい「うっ」って言ったか? まぁ、男の先輩が言うことにしてはいささか気味悪かっただろうか。

 だが、今更いまさら悔やんでも仕方ない。ここで下手に言い訳がましくまくし立てるのは、どう考えても見苦しいということは容易に想像できる。

 何か上手く逸らせる別の話題はあったか……

 そう悩んでいると、向こうも蒸し返す気はないのか話を戻してきた。


「結局、先輩個人の意見としては理由の中身なんてそこまで大切じゃないってことでいいんでしたっけ」

「要はそういうことだな。本を読むことも献立を考えることも。こうして話していることだって俺にとっては生きる理由になる」


 生きる上で無駄な事なんてない、とまでは言わないが。それでも理由なんて探せば幾らでも見つかるとは思う。


「そういえば全然関係ないんですけど、先輩って彼女とかいないですよね?」

「本当に関係ないな。確かにいないけど」


 彼女を差し置いて異性の後輩とこうも時間を共にするほど薄情ではないと思っている。

 ……周りからどう見えているかは知らないが。


   ◆


「先にそういった話題を振ってきたのはそっちだから聞くが、彼氏いるのか?」


 なんで先輩はそうやって事前に予防線を張りまくるんですか。わたしに気をつかい過ぎです。


「聞いたのはこっちなのでそんな事で怒りませんって。わたしも彼氏がいたことはないです。先輩とお揃いですね……?」


 上目遣うわめづかいと渾身こんしんの笑顔で放ったんだけど、反応が薄いと恥ずかしくなってくるんですが……


「今までいた事から無いとは言ってないからな? いないけど」


 うわ、びっくりした。変なこと言わないでくださいよ。


「というか、こんなのでお揃いになってもむなしくならないのか?」

「先輩は虚しくなるんですか?」


 わたしは先輩がいれば十分なんですけど。


「いいや、血眼ちまなこになって探し求めるほど俺は飢えていないからな。うら若きJKがそんなんでいいのか、単に気になっただけだ」


 いや先輩、うら若きって……


「先輩って時々ジジくさいですよね」

「さては先達せんだつに対する敬意が足りてないな?」

「なんでわざわざ厄介なご老体を演じるんですか……」


 確かに若々しい先輩とかは想像できないけど。

 若者言葉を使って、ほぼ毎日カラオケで遊んで、しょっちゅう学校をサボって、女を取っ替え引っ替えしてる先輩……そんなの先輩じゃないか。


「先輩はそのままでいてください」

「そりゃあ、これ以上としいたら高校生として取り返しがつかなくなりそうだからな」

「若々しくなるという選択肢はそもそも無いんですね……」


 そんな話をしているうちに、くだらなくてえのない時間が過ぎ去ってしまった。


「さて先輩。あとほんの少しで授業が始まってしまいます。もう間に合わないかもしれないので次の授業エスケープしませんか?」

「まさか。そっちも既に荷物を纏めてあるだろ」


 次の小テストに遅れて追試になったら先輩と帰りがズレちゃいますしね。


「ちなみに、エスケープって今時の女子高生でも言ったりするのか……?」

「うるさい先輩ですね」

「今のは俺が悪いのか?」


 不服な表情の先輩を見て、わたしは笑った。

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ラブコメ風味な先輩と後輩の短編 由月みる @Mill_Yuduki

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