#84 想定しなかったアイディア
いわば異世界的VR空間に入った一同は、「邪なる耳」の世界を進んでいく。スライムは案内役のようだ。
「どこにいくの?」
「ぴき。ゴブリンの親方のところだよ」
有菜の質問にスライムはそう答えた。
親方。どんな存在だろう。
「いわゆるホフゴブリンとかゴブリンシャーマンとかそういうのかい?」
「魔物はそういう言い方はしないなあ。親方は親方だよ」
スライムは森に分け入った。犬頭の小鬼の兵士が、道を開けてくれる。
「いまのはコボルトでござるな」すかさず春臣の解説。
森の中を進んでいくと、なにやら洞穴が現れた。どうやらここは古代人の炭鉱らしい。中は一本道で、奥には巨大なゴブリン――ホフゴブリンというやつらしい――が、腐った野菜を齧っていた。ちょうどカブみたいな野菜だ。
「あなたがこの炭鉱の主ですか?」
沙野が尋ねるとホフゴブリンは頷いた。
「そうじゃ。じっさまの代からここに住んでおる。お前さんはなぜここにきた?」
「魔物が取りこぼされない世界を作るためです」
有菜が真面目な顔でそう言うと、ホフゴブリンは困った顔をして、
「わしら魔物は人間の文明を邪魔しておるのではないのか?」と尋ねてきた。
「魔物が取りこぼされずに済む道を探せ、と悪鬼像に言われました。だから魔物の話を聞いてみようと思ったんです」
「であるか。わしはただ満足に食べられて穏やかに暮らせればそれでいい。ただ若いゴブリンはそれでは納得せん。人間の女を攫ってきたりして人間をからかうのが楽しいという困った連中じゃ。人間はそれで困っておるのだろ?」
ホフゴブリンはため息をついた。
「いえ……そういうことではなくて、炭鉱の開発をするとあなたのような魔物を殺すことになって、それで悪鬼像が動き出してしまうんです」
有菜が説明する。ホフゴブリンは、
「もう炭鉱の開発をする時代が来ておったのか。ミミのやつだって考えもせんかったろうなあ。実際わしは反応に困っておる」
「ミミ?」
「ああ、『邪なる耳』の本名だよ」
クライヴが教えてくれた。女の人だったのか。
「わしらはこの、ミミの書いた書物の中では、魔法で作られた虚像じゃ。ミミはわしらのことをよく調べて、一緒に暮らす道はないか考えた。しかし人間と魔物は、女神と悪鬼に引き裂かれて、共に暮らすことは難しくなってしもうたんじゃ。覆しようのないことよ」
「じゃあ、もし……女神さまが、魔物も守護してくださるなら、生き物として暮らすことができるなら――」
ぼふっ。
突然煙が消えて、世界がぐるっと回転して礼拝所に戻ってきた。
「どうやら『邪なる耳』も想定しなかったアイディアだったみたいだ」
クライヴが肩をすくめた。
その日はそこでお開きになった。でもこれはイケるかもしれないという確かな手応えがある。そうだ、女神さまに魔物を許してもらえば、それでいいではないか。
有菜はワクワクと家に帰り、最近では珍しくワクワクと勉強をした。明日が楽しみだ。
有菜はその晩、夢を見た。ワクワクと異世界にいったら、ぜんぶ滅びているという夢だ。あまりにリアルでガバリと起きてしまうくらいだった。
ぜえはあと息をつく。こんなタイミングでなんて夢を見てしまったのか。とにかく寝直して朝になるのを待とう。布団にまた入る。
しかし異世界がどうなっているのか不安で仕方がない。沙野や翔太や春臣にメッセージでも送ろうかと思ったが今は夜中の3時だ。迷惑というものである。どうにか心を落ち着けて、再度布団に入った。
ぜんぜん眠れなかった。翌朝学校に行くと、沙野も目の下にひどいクマを作っていた。エナジードリンクを飲みながら勉強していたらしい。疲れるし勉強の効率だって上がらないと思うのだが、そうまでしても昔のいじめ犯人をギャフンと言わせたいようだ。
「こういう夢見てさあ」
「えっ、3時に布団のなかにいたの?!」
「寝ないと逆に物覚え悪くなるよ?」
「それもそうか……」
沙野は素直に納得した。が、その日沙野は2時間目の体育の途中で貧血を起こして倒れて、保健室に担ぎ込まれていた。無理しちゃいけないのだ。
早めに帰った沙野を除いたメンバーで異世界に向かうと、クライヴが難しい顔をしていた。どうやらきのうの有菜の意見をどう書面にまとめたものか考えているらしい。
「さすがに女神さまに魔物の許しを乞うのは長老会の承諾が取れないと思うんだ」
それもその通りである。
「外堀から埋めるってどうですか? たとえば神殿騎士や守護神官から埋めていくとか」
有菜がそう提案する。
「それならなんとか出来るかもしれないな……とりあえず知り合いのところから埋めていこうかな。あとこの話はティグリス師にも伝えないと」
クライヴは手紙を書くようだったので、村の様子を見て回る。相変わらずのどかだ。クオンキの収穫が終わり、ヘヘレとクツクツの収穫の最盛期である。
焼き鳥が正解の食べ方とわかった暴れニワトリの解体現場を眺め、最近来たのだという子豚をよしよしし、また礼拝所に戻る。有菜は昨日の夜というか今日の早朝見た夢の話をした。
「こちらの世界が負担になって申し訳ないね」
「いえ。でもこれって本当になったりしませんよね?」
「女神さまは人間の味方だ。魔物を討つことはあっても人間が駆逐されることはない。これだけは間違いなく言えること。でも魔物が全ていなくなったら、……それは恐らく悪鬼像が動いて地上を単体で攻め滅ぼすだろうね」
クライヴはため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます