#83 邪なる耳

 有菜は家でこっぴどく叱られ、しかし帰ってきてよかった、と心配されていたことを知った。好きでない親だけれど、心配していてくれたのか、とちょっとじわっときた。

 次の日、園芸部の活動を始める前に、向こうの世界で決まったやるべきことを、有菜は一同に説明した。


 沙野は真面目な顔で、

「いや、魔物も取りこぼさない世界とか無理だよ。なんでそんな無茶な話引き受けちゃったの」

 と有菜を詰めた。詰められた有菜はうぐぐと声をあげて、

「でもなにか正解があるはずなんだよきっと。魔物の食べ方に正解があるみたいに」と答えた。

「ううーん……」

「しかしながら、それは考えてみる価値があるかもわかりませんぞ」と、春臣。

「あのねえ春臣くん、わたしたち受験生なんだよ?! そんなことのんびり考える余裕はないんだってば! 有菜部長の無茶に付き合って進学失敗したらわたしの人生プランが台無しなんだからね?!」

「そんなに言うなら沙野ちゃんは無理に付き合わなくていいよ。受験、秋だよね」

「まあそうなんだけど、……でもな。ちょっとだけ、手伝っていい?」

「ありがとう」

 有菜は笑顔で答えた。沙野は複雑な表情。

「なんかコントみたいっすね。『俺が俺が俺が、どうぞどうぞ』みたいな」

「そう言われると思ったからいい出しにくかったの!」

 沙野は顔を赤くしていた。


 部室に移動して、窓を開ける。埃っぽい部室に、夏の風が入ってくる。

「どうしたものか、忌憚ない意見を求めます」

 有菜がそう提案すると、春臣が、

「要するに、魔物と共存して生きていける世界にする必要があるんでござるな」

 と応じた。

「その辺はライトノベルにヒントがあるんじゃない? 春臣くんどんなの読んでる?」

「こういうのでござるか?」

 沙野に言われて春臣はカバンから本を取り出した。「モンスター娘ハーレムをつくろう!」とある。表紙にはきわどい姿の、角が生えていたり羽があったりする女の子が描かれている。

「近いけどそういうことじゃないんだよね〜!!!!」と、沙野。

「まああっちの世界はライトノベルみたいなチートとかはないでござるからな……」

「その本はどういうチートでモンスター娘とよろしくやってるんだ?」

「主人公は『対話』っていうハズレスキルを持っていて、それでヒロインたちと話している感じでござるな」

「対話……」

 あの世界のモンスターは話せるのだろうか。まずはそこを知らねばなるまい。


 異世界はすっかり涼しくなっていた。クライヴとお菓子をつつきつつ、モンスターと対話する術があるのかを尋ねる。

 クライヴはサワークリームオニオン味のポテトチップスをモグモグと食べながら、

「大昔『邪なる耳』っていう二つ名のついた神殿騎士が、魔物と話せる力を持ってたけど、宮清めのときに悪鬼像に轢き殺されて死んだよ」

 邪なる耳。なんだかすごく悪そうだ。しかも悪鬼像に轢き殺されている。

「悪鬼像って人を轢き殺したりするんスか」

「する。だから動くと問題なんだよ」

 なるほど。有菜はさらに「邪なる耳」について聞く。

「そのひとはどういうふうに魔物と対話していたんですか?」

 有菜はそう尋ねた。

「なんせ昔のことだからなあ……軽く見積もって40年は昔だ。確か、魔物の言葉を聞いたり、魔物の言葉を話したりできたはず」

「チートでござるな。なるほど『邪なる耳』でござる」

「邪なる耳の手記が残っているんだけど、写しを見るかい?」

「でもそれって書き写して運んで、ってことですよね。わたしたちあんまり時間がないんです」

 沙野がそう思う気持ちはよく分かるので、有菜は沙野をたしなめることはできなかったが、その質問なら待ってましたとばかりにクライヴは笑顔だ。

「写しならここにあるよ。レイナレフくんから聞いてこうなることを予想していた。はい」

 クライヴは礼拝所の棚から分厚い書物をデンと取り出した。

「うおっすげえボリュームだ」

 翔太がうめく。春臣が手を伸ばそうとしてクライヴが制止する。

「これは魔力を帯びた書物だから、簡単に開くのは危険なんだ。邪なる耳は自分の目に見える世界をこの書物に落とし込んだ。安全を確認して開かないと」

「安全、ですか」

 有菜がしみじみと言う。

「そう。周りにぶつかって危ないものはないかとか、そういうのを確認してから開かないと。開いてみるかい?」

 一同頷く。クライヴは書物を開く。ページがパラパラパラ……とめくれていき、次第に本から煙のようなものが立ち上って、一同を包み込んだ。


 顔を上げると、向こうから1匹のスライムがぴよんぴよんと飛んでくる。どうやらVR技術のようなものらしい。こっちのほうが文明進んでるじゃん! と有菜は思わず大きな声で言ってしまった。

「そうなのかい? でもこれは古い技術で、いまは失伝してしまっているんだ。解析しようにも邪なる耳のかけた防御魔法が頑丈すぎて、魔封じの魔法を使いながら書き写すのが精一杯なんだよ。書き写せばそれも魔導書になっちゃうし」

 クライヴは一同を見て、

「じゃあ、あのスライムの話を聞いてみよう」

 と、ゆっくりスライムに近寄った。スライムは「ぴき……」と言ってから、

「ぼくはわるいことはしません。ころさないで」と震える口調で言った。

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