#82 だれも取りこぼさない世界
神殿に到着して、夕飯にメジの薄いお粥を食べた。神殿は以前訪れたときと何ら変わらないように見えた。
有菜はレイナレフに、「後学のために地下迷宮を見学したい」と打ち明けた。レイナレフは快く神官長に相談し、マリシャとレイナレフの護衛つきならば、と許可してくれた。
こんな用事で呼び出されて、と不愉快そうな顔の、相変わらずビキニアーマーのマリシャに、袖の下として虎の子の板チョコを渡す。マリシャは生唾をごくりと飲み、機嫌よく地下迷宮を案内してくれることになった。
神殿深部の地下迷宮への入り口には、無数の魔法陣が描かれ、レンズの魔法で光を集めている。小太陽の魔法はもういいらしい。
「いいですか、ぜったいにはぐれないでくださいよ」
と、レイナレフに注意された。
「はぐれたらほぼ確実に死ぬからな。気をつけろよ」
マリシャも男っぽい口調でそう言った。地下迷宮への階段を降りていく。
「地下迷宮は人が入るたび形が変わるんです。それも悪鬼像対策なんですけど」
レイナレフがカンテラを掲げる。
「どんな魔法でこうなっているのかは分からない。ただ、そういう仕組みのものとしか思っていないからな」
マリシャもカンテラを掲げた。どうやら分かれ道のようだ。ここから急に複雑になるらしい。
「この辺にしましょう。これ以上はいけない」
「そうだな……宮清めで入るときは紐を持っているが、いまはそうじゃない」
というわけで、思ったよりずいぶん浅いところで探検は終わった。帰ってきて、やっぱり寝具のショボい宿坊に泊まった。
有菜はその晩、夢を見た。
悪鬼だ。誰がどう見ても悪鬼にしか見えない生き物が目の前にいる。悪鬼だがそれは間違いなく生きていた。
「わしに会ってなにがしたい、マレビトよ」
悪鬼はそう訊ねてきた。
「別に……なにがしたいとかじゃなくて、どういう生き物なのか気になっただけです」
「面白いやつだ。お前はこの世界をどうしたいのだ?」
「豊かに……だれもお腹が空かないくらい豊かにしたいんです」
「はっはっは。まだ若い人間のようだな。どこかで誰かが食い飽きておれば、そのぶん誰かが飢えているというこの世の理を知らんのか」
「だれも取りこぼさない社会を望むのは、傲慢ですか?」
有菜はそう声を張った。
「お前たちマレビトの世界では、そういう思想があるのか」
「そうです」
「ふぅむ。そうなのか。であればわしら魔物も、取りこぼされないうちに入るのであろうな?」
「……えっ?」
「そこは考えておらなんだか」
「はい。正直なところ」
「わしら魔物に『正解の食べ方』があると発見したのもお前たちだな。そのずいぶん前からスライム族は肝を食べられておったが」
悪鬼はしばし考えて、
「わしら魔物も、取りこぼされないうちに入るのであれば、姉上の光に照らされずとも奥に引っ込んでおこうではないか。お前たちはそれが望みであろ?」
と、取り引きを持ちかけてきた。
有菜は正直困っていた。夢の中だというのにはっきり返事ができる現状もわけがわからないし、だいいち魔物を取りこぼさないようにする方法なんてあるんだろうか。
自分ひとりで考えてもぜったいに分からないことのような気がした。軽々しく返事をしてはいけない、というような気もする。
「少し待ってください。わたし一人で決めることではないです」
「カッカッカ。そうかそうか。ではゆっくり考えるといい。決まったらその晩、お前の夢に現れて詳しい話を聞こうではないか」
そこで目が覚めた。太陽の光が眩しい。
有菜はやっぱり薄いお粥を食べながら、こんな夢を見ました、と神官長やレイナレフやマリシャに話した。
「魔物も取りこぼさない世界……ですか」
レイナレフは真面目に考えている。
「悪鬼のいうことだ。真面目に考えるのは愚かだ」
と、マリシャはあっさりと吐き捨てた。
「でも考えてみる価値はあるかもしれんぞ。悪鬼は女神さまの弟だ」
神官長が真面目な口調でいう。レンズの魔法を常に発動しているのがこの神官長なので、現状だいぶくたびれているらしい。
「ちゃんと考えてみないといけないことじゃないかなって思ったんです。最初はゴブリン避けの電柵を作ったりゴブリンをトリモチの魔法で捕まえて捨てたりしていたんですけど、それじゃどうにもならないのかなって思ってはいたんです」
「まあ確かに競争し続けるよりは賢いやり方かもしれませんね」
「園芸部って、『サステナブル』って言葉をかかげて活動してるんですよ」
「ふむ」
「つまり『持続可能性』ってことなんですけど、この世界を持続可能にするには、魔物と上手く付き合う必要があると思うんです。炭鉱の大きいゴブリンもそうだし、開発の邪魔になるからって魔物を駆逐し続けたらいずれ行き詰まると思うんです。いまはいろんな魔物の正解の食べ方が分かって、重要な食料として食べられるようになったわけですから」
「なるほど確かに。思ったよりまっとうな考えだ」
マリシャは薄いお粥にしょっぱそうな漬物を投入して食べている。
「それを考えるために、いったんあっちの世界に帰らなきゃいけないと思うんです」
「それがいいと思いますよ」
有菜はエケテの村で、やってきた沙野たち園芸部の仲間に連れられて現実に帰還した。現実では4日時間が経っていて、危うく捜索願が出される寸前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます