#77 農業試験場の提案

 学校の先生たちが甘いのか、はたまた合宿の模試が厳しかったのか。どちらにせよ勉強してちゃんと進学しなくてはならないわけで、有菜はクソデカため息を一発発してから単語カードと睨めっこを始めた。

 中学のころは興味なしだった勉強も、やれば成績がよくなるという分かりやすい成長のおかげでやる気になる。なんでいままでそうしなかったのだろうと不思議に思うが、ひとは必要に迫られないと気付かないのだなあと有菜は思った。

 そうしているうちにも、夏休みはどんどん進んでいく。キュウリの収穫の最盛期だ。早いうちにどんどん採っていかないと、あっという間に巨大化してしまうのがキュウリである。巨大化するとおいしくないのでせっせと採る。

 畑が流されて落花生やマリーゴールドはだめになってしまったが、それでもなんだかんだ楽しい夏になった。


 夏休み後半、沙野が帰国してきた。ニュージーランドに行っていたのだという。

「語学留学どうだった?」

「羊がめちゃめちゃいた」

 沙野はスマホを見せてくれた。羊の写真でギッシリだ。そんな、小●井農場の見学に行ったわけじゃないんだから。

「毎日英語漬けだったからこれならアメリカの大学問題ナシだよ」と、沙野は嬉しそうに言う。

「すごいねー……」

「未来にフェイスブックを始めたとして」

 と、沙野は切り出した。

「フェイスブックって登録すればおな中の連中が見るわけでしょ? そうなったときに、おな中の連中が盛大に『ギャフン!』と叫ぶキャリアを積み上げるって決めたんだから」

 沙野の目標は、復讐が動機となって高度な方向に進んでいるようだった。

「すごい目標だねえ……」

 有菜はクラクラした。


 園芸部の仕事をしていると異世界に移動していた。広い土地にはヘヘレが植えられ、自動の水やり装置が動いている。

 村の人々はきょうもオーク肉のソーセージを作っていた。どうもオークの出没が増えているらしい。

 オークはゴブリンほど賢くなく、簡単に電柵に引っかかってしまうそうだ。しかし肉体はゴブリンより強靭で、クライヴが戦ってやっと肉にできるのだとか。

 もうオークを解体して内臓を引き出すのも見慣れてしまった。ソーセージがオークの「正解の食べ方」なので、どうしても腸が必要になる。

 オークの解体をしているクライヴに、地下迷宮のことを尋ねると、悪鬼像はもうだいぶ元の位置に近づいているという。

「そういうわけで、地下迷宮は悪鬼像が動けないようにレンズや鏡で照らすことになった。女神さまのご威光に勝てる存在はないからね」

 おお、それはよかった。

「でも魔物の出没はそんなに変わらないんだ。最近はことにオークが出る。まあおいしくいただくから構わないんだけど」

「科学の勝利でござるな」

 そう、科学と一緒にソーセージを持ち込んだから、オークの「正解の食べ方」が分かった。まさに科学の勝利、である。いや科学? というのは置いておいて。

 それから神殿騎士たちにクオンキとエキ・ロクで作った健康飲料を届けたところ、大好評だったらしい。24時間働ける! と言われたそうだ。そんな、栄養ドリンクのコマーシャルじゃないんだから。

「なんだか知らないうちに発展してたんだね」

 沙野がしみじみと言う。


「サヤさんはどうしてしばらく来なかったんだい?」

「語学留学に行ってました」

「ゴガクリューガク。外国語を勉強しに行っていたのかい?」

「まあそんなところです」

「沙野ちゃんは海外の大学を受けるんですよ」

「大学かあ……この村はまだ手習い場が出来ただけだ。いずれはみんな大学で学びたいことを学べる世の中にしなくては。せっかく文明が進んできたのだから」

「志が高いっすね」

「あっちではそれが普通なんでしょ?」

「そうでござるが……あっちの普通を基準にしなくても、この世界にも豊かな暮らしがあるでござるよ」

 春臣の言う通りだ。こちらの世界にはこちらの世界の価値観があって、それも大事にしていいはずだ。

「そうなのかなあ。エンゲーブから話を聞いていると、こちらの世界はずいぶん遅れているなあって思うけど……たとえばなんだっけな、せくはら? とか、ぱわはら? とかそういうやつ。あっちの世界だと美人だ、とか男らしい、とか言うのも失礼に当たるんでしょ?」

「この世界でなんでそれがOKなのかを考えるのがいいと思います」

 有菜がそう言うと、クライヴは考え込んで、

「これは難しい課題だ。すぐ思想を書き換えるわけにはいかないね」と笑顔で答えた。


 みんなで、部活でもいだキュウリを、女神の泉の水で洗って丸かじりする。

「あちらの野菜はなかなか食べる機会がないから、食べてみられて嬉しい。カリッとしていてジューシーだね」

「素人栽培ですけど。おいしいと思ってもらえて嬉しいです」

 気がつけば村人が群がってキュウリをかじっていた。あちらの野菜はおいしいと村人はみな口々に言う。

「品種改良の賜物でござるよ」

「ヒンシュカイリョーってすごい時間がかかるんだよね。でもやってみる価値はあるかもしれない」

「あの」と、沙野が切り出す。

「こっちの世界にも、農業技術や品種改良を研究する施設を建てたらどうですか? 農業試験場っていうんですけど」

 農業試験場。なるほどそれができたら国が潤いそうだ。有菜は思わずニコニコしてしまった。

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