#74 レンズの魔法
期末テストが無事に終わった。
有菜はそれなりにいい点数をとれた。進学問題なし。沙野は学年いちばんで、海外の大学もちょっと頑張れば問題なかろうという感じ。翔太と春臣もそこそこという感じだったらしい。
久しぶりに異世界に向かうと、エケテの村はいつも通り穏やかな農村、といった風情だった。とりあえず安堵する。
「特に変わったことはなさそうだね」
「そっすね、魔物に荒らされてる感じもしないし」
「むこうに煙が上がってるでござるぞ」
「ええ?!」
一同あわてて、煙の上がっているほうに急ぐ。が、単純にソーセージを燻製しているだけだった。どうやらオーク肉らしい。
「なんだ、ソーセージ作ってただけかあ」
有菜はため息をついた。
「これおいしいよね。試しに火にくべても煙が出るばっかりで燃えないトレントで燻してみたんだけど、なかなかいい感じだよ」
ルーイがそう言って燻製の様子を見ている。
「変わったことはあったでござるか?」
「魔物の侵略がちょっと激しくなったくらいで、大してなにも」
魔物の侵略が激しいというのは大問題ではなかろうか。そう思っているとクライヴが近づいてきた。
「元気そうでよかった。テイキテストっていうのがあると来られなくなるんだよね」
「そうですね」
「それって神殿騎士の腕試しみたいなものかい? 年に2回あるんだよ、槍術試合と筆記試験。両方落第すると見習い神官から始めなきゃいけない」
こっちの世界にもそんな世知辛いイベントがあるのか。いずこも同じである。
沙野が口を開いた。
「それ、クライヴさんはどうだったんです?」
「筆記はずっと落第してたけど槍術のほうは毎回1位だったから見習いにされることはなかったなあ」
クライヴは武闘派なのであった。
この村ではインテリに見えるクライヴでも都の神殿では脳筋であることがわかったところで、燻製が仕上がった。村人たちはてんでに家に持ち帰っている。
「悪鬼像はどうなりましたか」
「いま神殿でレンズを作ってる。流石に大きなレンズを作るのには手間取ってるみたいだ。いびつなガラスならこっちでも作れるけど、太陽の光を通すためのちゃんとしたレンズとなると難しくてね」
そうなのか。やっぱり無理な作戦だっただろうか。
「辻さんに会ってきました」
「ツジ……ツジくんかい?! 懐かしいなあ、あのころは魔物が跋扈してたからねえ」
「そのときはいわゆる『耐え難きを耐え忍び難きを忍び』でやり過ごしたって聞いたんですけど」
「あー……そうだね、その通りだ。それしか取れる作戦がなかったとも言う。しかしいまは科学がある。科学と魔法をうまく組み合わせれば、魔物なんて怖くないし悪鬼像だってきっとなんとかできる」
クライヴの言葉はハッキリしていた。
この世界の人たちは、科学で自信をつけたのだ。
夜呼びが飛び始めた。一同現実に帰還する。太嘉安先生がまた料理部が作った失敗作のババロアを食べている。
「どうだった、久々の異世界は」
有菜が異世界の様子を説明する。
「そうかい、あっちの人たちも科学だけに頼ったりせずにうまくやっているんだね。それはよかった」
「でも大きなレンズを作るのに苦労しているみたいで」
有菜が肩をすくめると、太嘉安先生は一言、
「魔法で作ればいいじゃないか」と答えた。わーお、アハ体験だ。
翌日、炎天下のもと花壇の草むしりをしていると、ふいに涼しい風が吹いた。やっぱり異世界に来ていた。
エケテの村って涼しいんだなあ……と思いながら、働く村人を見、それから礼拝所に向かった。中ではクライヴとレイナレフが話をしていた。
「あ、エンゲーブのみんなだ。ちょうどよかった」
なんだろう、ちょっと怖い。
「都でレンズを作っているのですが、どうしても上手くいかないんです」
レイナレフが真面目な調子でそう言う。
「幸いガラスは溶かして再利用がきくんですが、大きなレンズを作るのは難しくて」
「それは魔法で作ればいいんじゃないか、って太嘉安先生が」
「なるほど! それは確かにそうだ。やってみるよう都に連絡してみよう。レンズの魔法の重ねがけでできるってことかあ」
「レンズの魔法って、この間ちょっと話してたやつですか?」
有菜の疑問にレイナレフが答えた。
「細かい文字とかを読むときに、拡大して見るためのレンズを作る魔法です。神殿騎士総出でやれば、地下迷宮を照らすレンズも作れるはず」
「なぁんだ最初からそうすればよかったんだ」
「科学と魔法をうまく組み合わせるというのはこういうことだったんですねえ」
納得する神官ふたり。こちらもなんとなく納得した。
この世界にはこの世界のやり方がある。どんなにあちらが便利でも、それを捨ててはいけない。
クライヴが鳥に手紙をつけて放した。それから少しして、いつぞやのビキニアーマーの女騎士ことマリシャがやってきた。
「やあマリシャ。どうしたんだい?」
「クライヴ、お前に話がある。単刀直入に言うと、悪鬼像の動きを食い止めるために、都まで来てはくれないだろうか」
突然の話に、クライヴはしばらく固まってから、
「こんなロートルに頼むことじゃないよ。いまじゃすっかり体もなまってオーク1匹倒すのにもぜえはあするんだから」
と、肩をすくめてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます