#73 OB氏曰く

 テスト期間の始まる直前、部活帰りに、10年前に園芸部員だったという先輩と、近くのファミレスで落ち合うことになった。

 有菜たちの学校はウェーイばかりの高校で、事実卒業生の土方さん石井さんは「二十代前半満喫してますウェイウェイ」という感じだが、流石にアラサーになれば落ち着くだろうと思ってファミレスに入る。

 有菜たちは制服を着ている。きょときょとと見回すと、シンプルなシャツにデニムというこざっぱりした服装の男性が、

「もしかしてきみたち園芸部?」と声をかけてきた。

「はい。えっと、10年前のOBのかたですか?」

「うん。辻といいます。詳しいことは土方くんから聞いてる」

 促されて席に着く。全員ドリンクバーを発注し、フライドポテトも発注した。

「魔物の倒しすぎで悪鬼像が動き出したんだっけ」

「そうです。その動きを止めないことには、村の開拓も進まないっていう状況で」

 有菜が辻さんに説明する。辻さんは、

「開拓かあ……トレントを倒せるようになったんだよね。それで蒸気機関の農業機械や工作機械が普及した。僕らのときからは想像もつかない進歩だ」

 辻さんはゆっくりとコーヒーをすすった。

「僕らのときは、人はみな魔物に怯えていて、畑もそんなに広くなくて、とにかく暮らしにくい世の中だった。だから僕らは差し入れの食べ物を持っていったり、農作業を手伝ったりしていた」

「どうすれば悪鬼像の動きって止まるっすか?」

「クライヴさんってまだいる?」

「いるでござる」

「そのときクライヴさんに教えてもらったのは、ひたすら人間が耐え忍ぶことだったなあ……魔物に食べ物をかすめられようが、天候不順が続こうが、ひたすら我慢するだけ。止まない雨はないんだ、って言って」

「じゃあ、なにかポジティブな作戦で乗り切ったわけじゃないんですね」

 沙野の言葉に辻さんは頷く。

「逆に君たちはなにかポジティブな作戦があるの?」

「レンズをつくって女神さまの神殿の地下を照らしてみよう、っていう作戦です」

 なるほどね、と辻さんは先に自分で頼んだらしいケーキを一口食べて、

「ポジティブな作戦が出てくるのはすごいと思うよ、僕らはなんだかんだ2年生の秋くらいまで、耐え難きを耐え忍び難きを忍びしてたから……あのときは確か悪鬼像が動き出しただけでなく女神さまのご機嫌を損ねることをしたんだと思う」と、しみじみとした表情で答えた。

「女神さまのご機嫌を損ねるって、どういうことでしょうか?」

「泉の水の汲みすぎ。エケテの村は雨が続いたけど、南方はひどい日照りだったらしいんだ。それで女神さまの泉の水を汲みすぎて、女神さまのご機嫌を損ねた」

 そんなことがあったのか……。園芸部一同は思わず黙り込んだ。

「エケテの村の泉もひどく濁ってね、人間もみんな弱ってしまった。家畜にも病気が流行ったし、魔物が畑を荒らしたし――ゴブリンってまだいる?」

「電柵とかでだいぶ駆除して、いまは炭鉱に棲みついてるのと戦いすぎて悪鬼像が動き出した感じです」

 有菜がそう説明すると、

「みんなもドリンクバー汲んでおいでよ」と、辻さんは穏やかに笑った。一同、ドリンクバーで飲みたいものを選ぶ。有菜はコーラ、沙野はハーブティー、春臣はカフェオレ、翔太はカルピスやらメロンソーダやらで錬金術をやっている。

 ドリンクバーの飲み物をテーブルに置く。

「炭鉱というのはあの世界でも石炭でいろいろなものを動かすようになったってことでOK?」

「はい」

「ふーむ……それで女神さまの怒りに触れたとかではないんだよね?」

「おそらくは」

「そっかあ……アドバイスできることは魔物と戦いすぎないで文明を保てないか考えるしかないってことかなあ。トレントも魔物だし、村の開拓が少し響いたんじゃないかな」

 そうか、国じゅうでトレントを枯らす薬を使ったから、それも魔物を倒すのにカウントされたのか。


 魔物と戦わないで、文明を維持する。難しそうだがそうするしかない。あちらの世界の生態系では、魔物もひとつのポジションを支えているのだ。

 そんなことを考えながら、有菜はフライドポテトをケチャップに浸して食べた。ファミレスのケチャップは、石井さんのケチャップを食べ慣れてしまうと実に退屈な味だ。

 話し合いのあと、辻さんは全員ぶんの注文を支払ってくれた。さすが大人である。


「いまの園芸部が頑張ってくれてて、僕らOBもとても嬉しいんだ。特に僕ら、10年前の、初めて何も知らずに異世界にコンタクトした世代は特に。とにかくひどい時代だったからね」

「そんなにひどかったんですか」

「みんなお腹を空かせてた。ポテチとかおにぎりをたくさん買っていって、みんなに食べさせた。土方くんから聞いたけど、あっちの世界に農業用ハウスを建てたんだって?」

「はい。根本的解決ではなかったですけど」

 有菜は褒められて嬉しくなった。沙野も有菜と同じ表情である。

「もうすぐ定期テストだよね、あっちに入れ込みすぎないように気をつけて。受験生だよね?」

 痛いところを突かれてしまった。

 ファミレスを出る。夏の青空が広がっていた。有菜は、なんとか期末テストをいい成績でクリアして、悪鬼像のことはそのあと考えようと決めた。

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