#72 異世界、だいぶピンチ
サウナがいい感じに流行っていて、園芸部一同なんとなく嬉しくなる。沙野が、
「炭鉱はどんな感じなんですか?」と尋ねる。
「うん、石炭だけでなくミスリルも少々採掘されてるみたいだ。これで武器を作れば魔物と戦うのも楽になる。――おや? 鳥だ」
クライヴは礼拝所の窓にとまった鳥の手紙をとり、解いて読んだ。しばらく黙ってから、
「神殿地下の悪鬼像に動きがあったらしい」
と、重い口調で言った。
「えっ、人類のやったことのせいですか」
有菜がビビリ声を発すると、クライヴは少し頭痛を催した顔をして、
「うーん……炭鉱に棲みついているゴブリンを駆逐するくらいなら大丈夫だと思ったんだけどなあ。まさかこんなに早く限界がくるとは」
と、眉間のあたりをぐりぐりした。
「でももう炭鉱は開発が始まってるから、これ以上モンスターと戦うことはないんじゃないですか?」
有菜はドキドキしながら質問した。クライヴは、
「まあその通りではあるんだけど、炭鉱も奥に進めばゴブリンキングとかゴブリンシャーマンとかそういうのが棲んでたりするし、これは事実上の開発打ち止めなのかもしれないなあ」
と、ため息をついた。
せっかくここまで発展したのに、これ以上進歩しないのだろうか。なんだか悔しくなる。
「逆に、女神さまのご威光を増すという手はどうでござるか」
「女神さまのご威光を増す……?」
春臣の謎の提案に一同ポカンとする。春臣は、
「女神さまというのは太陽神でござったか?」
とクライヴに尋ねた。
「う、うん。大まかに言えばそうだ」
「であれば、特大のレンズで神殿の地下を照らせば、悪鬼像は動くのをやめるんじゃないでござるか?」
「レンズ……というのは、理科の教科書に載っていた、光を操る道具だね? 魔法にも似たようなやつがあるけど」
「そうでござる」
「なるほど……女神さまのご威光を増して、世界の光を取り戻せば、悪鬼の動きを封じられるかもしれないということか」
クライヴはさっそくパピルスとペンを出してきて、カリカリと春臣の提案を書きこみ、鳥の脚につけて放した。
「女神さまは悪鬼を撃ち倒すための唯一の拠り所だ。そのご威光をレンズで増すことができたら、それは素晴らしいことなんだけど」
クライヴは難しい顔をして、空を見上げた。きょうは夜呼びがくるのがずいぶん遅い。時間の流れがゆっくりなのだろう。有菜も、ベルトがだいぶくたびれた入学祝いの腕時計を見た。秒針はびっくりするほどゆっくり動いている。
「まあそれはそれとして、水車小屋を建てよう、って話が出てるんだ」
「水車小屋っすか。なんに使うんすか?」
「製粉だね。いままでメジは牛に臼を回させて粉にしてたんだけど、もっと一気にできるって分かったんだ」
「でもこの村、川ないですよ。女神さまの泉を使うんですか?」
有菜の質問。
「サウナに使っている、近くの谷で湧いてる鉱泉の水を引っ張ってこようかなって思ってる。新しい工作機械を買い付ける余裕もできたし」
「え、そんなの買うお金あるんですか?!」
有菜は不躾に驚いた。クライヴははっはっはと笑って、
「あるとも。蒸し風呂を始めたらまあ儲かる。このままなら借金して工作機械を買っても来年春には借金が返せるよ」と、悪い顔だ。
「でもいま炭鉱って開発できなくなってたんじゃないっすか?」
「あ、あー……確かにそうだ。じゃあ水車小屋のための工作機械は、都からレンズ作戦が成功したって連絡があってからになるな……」
クライヴもとらたぬするのか。ちょっと面白くなって有菜はふふふと笑ってしまった。
「笑い事でないでござるぞ有菜先輩」
「だって、クライヴさんが取らぬたぬきの皮算用するとは思わなくて」
「まあ私も人間だからね。たぬきというのはあっちの生き物だっけ」
「かわいいですよ、モフモフで」
沙野がグーグルでたぬきを検索してクライヴに見せる。クライヴは真面目な顔で、
「たしかにこの毛皮は暖かそうだ」と、異世界人らしい視点で言った。
そんな話をしているうちにようやく夜呼びが飛び始めた。一同現実に帰還した。
あっちの世界は軽くピンチに陥りかけているわけだが、しかしそこを気にして深入りすると受験勉強が危うくなる。ああ、自分が2年生か1年生だったらなあ。有菜は勉強机の椅子の背もたれに体をあずけた。
あちらの世界には自浄作用のようなものがある。それを期待するほかない。自分たちでは悪鬼は倒せないし、あちらの世界の人たちにどうにかしてもらうほかない。
もう来週には期末テスト期間が始まる。また土方さんに草むしりと水やりをお願いすることになる。石井さんは農繁期だろうし綾乃さんはちゃんとした仕事がある。いや土方さんも鉄工所で働く社会人なのだが……。
昔も悪鬼が動くことってあったのかな。そのあたりをOB会に訊いてみる。
「俺らが一年のときの3年生が、悪鬼が動いて魔物が暴れ出すのを体験してるはずだ」
と、土方さんから意外とちゃんとしたメッセージが来た。そうなのか。そのときはどうだったのだろう。
「会えるようにセッティングしてやろーか?」
「ぜひに!」
というわけで、有菜は園芸部の他の面々も誘って、ずっと上のOBたちに会いにいくことにした。ちょうど10年前のOBだ。
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