#71 サウナ始めました

 メジの生産量が上がったのは、単純に畑が広がったからだ。畑を広げられたのは、農業機械が発明されたからだ。

 自分たちがこの世界に成したことの大きさに、一同ドキドキする。

 クライヴがメジの買い入れを約束すると、メジ商人は帰っていった。

「いやあ、いい世の中になったものだなあ。ちゃんと栄養が取れる暮らしというのは」

「今年はイナゴは出てないでござるか?」

「今のところは。出たらおやつにしちゃおうとは思っているけど」

「牧場●語の序盤みたいに畑の世話がおいつかないとかはないんすか?」

「翔太くん意外とかわいいゲームで遊んでるね」

 沙野がしみじみと言う。

「小遣いでスイ●チオンラインに加入したんで、スーフ●ミ版もやんなきゃと思ったらショッパい難度でビビったっす」

「……なんの話になったのかはわからないけれど、畑の水やりは全自動なんだ。これも魔法と科学を組み合わせた技術だね。前に言ったとおり草むしりと収穫だけすればOKだよ」

 そうなのか。それはすごいことだ。

「隣村のミニポタジェはどうなりました?」

 有菜が尋ねる。クライヴは頷いた。

「レイナレフくんに聞く限りでは順調そうだけど、いっぺん様子を見に行こうかとは思ってる。でも大丈夫だと思うけど」

 おお、それはすごい。一同なんだか嬉しくなる。

「神官さまー、また石にぶち当たりましたー」

 ルーイの声がした。一同ぞろぞろと向かう。

 どうやらトレントを倒した後にできた新しい土地――まさに牧場●語の2年め以降みたいだ――には、石が多く埋まっているらしく、それを感知して農業機械が止まってしまうらしい。

「困ったなあ。石がこんなに多くちゃ畑を作るのが大変だ」

 農地拡大にはこんな問題があったのか。単純なことではなさそうだ。

 ルーイはため息をついて、

「トレントをやっつけたときはこれでなんにも困ることはないって思ったんだけどなあ」とぼやいた。

「あんた、そんなことをぼやいてる暇があるなら石をどかして続きを耕しなさいよ」

 ソノが強気な口調でそう言う。どうやらルーイは尻に敷かれているらしい。

「へいへい……と」

 ルーイは石を掘り返した。それを村の角に積まれた石の山に捨てて、また農業機械を駆動させる。

「あの石に使い道があればいいんでござるな」

 春臣が呟く。

「使い道って、あれはただの石だよ? 小さくて建材にもならないし、大きくて漬物石にもならない」

 クライヴがそう答えた。春臣は、

「サウナ、つまり蒸し風呂でも建てたらどうでござろうか」と言い出した。サウナ。そんなものをなぜ思いついたのか。

「ツイッターのフォロワーでキャンプとサウナが大好きな社会人お兄さんがいてですな。サウナストーブというのはだいたい石を熱して水をかけて蒸し風呂にするものらしいんでござるよ」

 なるほど、それは名案かもしれない。衛生状態がよくなるのはいいことだ。村の開拓でみんな疲れているのだろうし。

 というわけで、園芸部一同はスマホで「サウナ」と検索して、こういうものです、とクライヴに見せた。クライヴは、

「蒸し風呂か。都には浴場がいくつかあるけど貴族階級御用達で庶民が入るものじゃあなかった。いい発想だと思う」と答えて、手の空いていた炭焼き職人に声をかけた。

 さっそく、廃屋になっていた物置の改築が始まった。隙間を塞ぎ、陶器の皿に石を置く。あっという間に簡易サウナが出来上がった。ただし残念なことに水風呂はない。

 そこで夜呼びが飛び始めて、園芸部一同現実世界に帰還した。


「異世界サウナ 〜モンスターにやられた傷も、女神さまのご加護チートで治ります〜」

「春臣くん、突然ラノベのタイトル始めるのやめて」

 春臣と沙野のよくわからないやりとり。園芸部の仕事も終えて、一同帰路についた。

「サウナかあ……俺ちっちゃいころ父さんとスーパー銭湯に行って、そこのサウナで気絶するまで我慢したことあるんすよね」

「脳みそゆで卵になっちゃうやつじゃん」

「いや、俺が入ったら先に入ってたおっさんが『子供はサウナに出たり入ったりして温度が下がる』って言って俺のこと睨んできたから悔しくなって。子供だって根性っつうもんがあるんすよ」

 翔太の変な根性に呆れながら、

「でも汗わーってかいたらデトックスになっていいかもね」と、有菜は答えた。

「あんまし女の人がサウナに入るイメージってないんすよね」

「確かに。おじさんのイメージ」


 有菜は家に帰ってきて、課題と自習をもりもり進めた。夕飯を食べて、勉強を再開する。それから風呂に入り、浴槽で考え事をした。

 女神さまの泉の水って、サウナに使って大丈夫なんだろうか。女神さまの怒りに触れたりしないだろうか。

 まあそれはやってみないとわからないし、クライヴだってなにも考えないで使うわけではなかろう。


 次の日、園芸部の仕事もそこそこに異世界に向かうと、なんとサウナに長蛇の列ができていた。なんだか汚れた服を着たマッチョがいっぱいいる。

「なにごとですか」

「ああ、彼らは近くの炭鉱の労働者なんだ。ここで蒸し風呂を始めたら入りたいって人が殺到してね。水は女神さまの泉の水ってわけにいかないから、森にちょっと入ったところの鉱泉の水でやってるんだ」

 おお、実質温泉サウナだ。

「入浴料に銅貨一枚もらってるから、この村も潤うし、炭鉱もよく回って、いいことずくめなんだよ」

 クライヴは笑顔だ。一同安堵した。

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