#70 炭素の塊

 石井さんの報告というのはなんだろうか。離農して都会に行くとかそういうのじゃないだろうな、と、園芸部一同は石井さんの作業小屋に向かった。

 石井さんはなぜか珍しくきちんとした格好だ。いつもの作業着でなくシャツにスーツのズボン、要するにクールビズのいでたちである。土方さんも同じくだし、何故か綾乃さんまできちんとしたワンピースを着ている。

「おう、揃ったか。じゃあ大事な報告な」

 石井さんは左手の手の甲をかかげた。綾乃さんも恥ずかしい顔で左手の甲を掲げる。

「俺たち、結婚しましたー!!!!」

「いよっこの幸せもん! 末長く爆発しろ!」

 土方さんが囃し立てる。石井さんは満面の笑みだ。

「ご祝儀なんも用意してないんですけど」

「俺をなんだと思ってんだ、さすがに高校生からご祝儀毟るほどの金の亡者じゃないぞ」

「めでたいこと続きでござるな」

 春臣がうむうむと頷く。

「え? なんかそっちもめでたいことあったの? 太嘉安先生の尿道結石が取れたとか?」

 石井さんよ、それはめでたいことではないと思う。そう思いながら、一同異世界の出来事を話す。

「へえールーイが結婚ねえ……俺らが高校生のときはまだ子供だったのに」と、土方さん。

「いまだってわたしたちと同じくらいの歳なんですから子供ですよ」

 沙野が口を尖らせる。

「あっちの世界は早婚だからなあ。10代で結婚が当たり前だ。結婚観は俺らのじいちゃんばあちゃんの世代とそんなに変わんないんだよな」

 石井さんがそう言う。トマトジュースの売り上げで買ったらしい炭素の塊が左手の薬指にきらめいている。

「俺のばあちゃんなんかじいちゃんの顔知らないで嫁いできたからな」

 土方さんがさすが田舎という感じのセリフを発した。有菜たちもテレビでたまに見るが、田舎の年配夫婦は、互いの顔を知らないまま結婚式当日になっていた、というパターンがたまにあるのだ。

「で、式はどうするんですか?」

 有菜がそう訊ねると、石井さんは、

「身内だけで簡単に済ませることにした。俺の親いま県南にいるしな……だから、園芸部のみんなに報告したかったんだ」

 と、笑顔で答えた。

「綾乃ちゃん、なんで石井にしたん? 俺じゃだめだったの?」

 土方さんが綾乃さんに猫のようにすり寄る。綾乃さんは、

「だって……石井くん、賭け事しないし清潔だし、仕事熱心だし、向上心があるし、もう全てにおいて最高なんだもの」

 と、ベタ惚れのセリフを発した。

「今からでも遅くないから俺にしてよ〜。パチンコやめるからさあ〜」

 土方さん、パチンコするんだ……。


 石井さんと綾乃さんのめでたい報告を聞かされ、マドンナをとられて涙目の土方さんの軽ワゴンで園芸部は帰ることになった。土方さんは、

「生き方を改めるか……禁酒禁煙しよっかな」

 と絶対無理なことを言っている。それに続けて土方さんは、

「異世界はわりと順調なんだな」とつぶやいた。

「うっす。農地拡大と農機具の開発で生産量は上がってるっすね」

「そうかぁ。頼りにしてるからな」

 そう言って土方さんは軽ワゴンのハンドルを切った。


 次の日、草むしりをしていると太嘉安先生が現れたので、ダブルのめでたい話をした。

「それはどちらもめでたいことだ。そうかあ、石井くんが時任さんとねえ……教え子がそういう歳になるわけだ、農作業がきついということは」

 太嘉安先生は腰をぐいっとそらした。しんどいらしい。

「有菜さん、沙野さん、受験勉強は進んでるかい?」

「はい! 毎日モリモリ勉強してます」

 有菜が胸を張る。沙野は、

「大河ドラマは録画で日曜の夜に予備校通いしてます」と、レベルの違う頑張り方を答えた。

「よ、予備校ってどこ受けるの?」

「んー、国内の大学はパッとしないからアメリカ行こうと思ってる」

 あ、あめりか。

 有菜はクラクラした。

「だいじょぶっすか? 沙野先輩、あっちじゃ有色人種はいじめられるっすよ」

「翔太氏、それは偏見ではござらぬか?」

 太嘉安先生が、

「まあ、この学校はわりと進学率の低い学校だけれど、勉強しようと思えばいろんな形でできるからね。沙野さんの夢を応援しようじゃないか」と、笑顔で言う。

「先生あたしの夢も応援してくださいよー」

「おお、それは失礼。でもそれならあまり異世界に入れ込まないほうがいいね」


 そうなのだった。

 異世界のことを考えていると勉強の時間は減る。しかし有菜と沙野は3年間の集大成として、あちらの食糧を倍にできないか考えていた。

 それが無事に成し遂げられたら、安心して受験勉強ができる、と2人は思っていた。

 そんなことを考えていたら異世界に飛ばされた。どうやらメジの商人が来ているらしい。

「あ、エンゲーブのみんな。今年のメジは大豊作になりそうだって話だよ」

 と、クライヴが声をかけてきた。

「大豊作ですか」

「うん。農業機械の発明でメジの畑……田んぼっていうのかな? あれがだいぶ広く作れたらしくてね、去年よりずいぶんたくさん穫れそうなんだって」

 おお、それは素晴らしい。

 メジ商人は園芸部に会釈すると、

「おかげさまで、まだ実る前から予約が入っておりましてね」と笑顔で答えた。

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