#69 異世界の婚礼
園芸部の畑では、レタスが育ち始めた。間引きしながら雑草もむしり、トマトやきゅうりの様子も見る。どちらも花が咲き始めた。トマトはわりと晩生のものを選んだので、収穫はゆっくり先だ。
「よし! こんなもん!」
有菜は軍手やジャージについた土をはたく。3年目に突入したジャージはすっかりヨレヨレだ。
もう2年と数ヶ月、こうして畑仕事をしているのだと思うと感慨深い。大学なんか行かないで農家のお嫁さんになりたいまであるのだが、現状知っている独身男性農家が石井さんしかいない。石井さんはウソなし勘弁なんだよなあ……と有菜は思う。
たぶん石井さんだってまだフラフラ遊びたいだろうし、とりあえず大学で農業を学びたいという夢を有菜と仲のよくない両親も応援してくれている。
急いで農家のお嫁さんを目指す必要はない。それは日本が安全だからだ。
異世界に来てみると、なにやらわいわいと騒がしい。園芸部一同はなにごとかと村の中央を見る。
ルーイが異世界では見たことのないきれいな服を着ていて、隣には知らない女の子が、やっぱり見たこともないきれいな服を着ている。
クライヴも白装束でなにか泉に祈っている。どうしたんだろう。
ちょうどそこにいた新米お母さんであるライラさん――赤ん坊はすっかり大きくなった――に話を聞く。
「きょうはルーイの結婚式なの。お嫁さんが隣村から来たのよ」
「うわ、さすが異世界、早婚!」と沙野が声を上げる。隣の翔太が、
「牧場●語じゃないっすか」とぼやく。春臣は、
「うぬぬ……裏切られたでござる」と唸った。
有菜は、
「聞いてないですよ、でもめちゃめちゃめでたいじゃないですか! ご祝儀用意すればよかった」と言ってため息をついた。
「新郎ルーイと新婦ソノの結婚に異議のあるものは挙手されよ!」と、クライヴが仰々しい口調で言った。村中から、
「異議なし!」の声が上がった。
ルーイのお嫁さんはソノという名前らしい。きれいな金髪を編み込んだ、海外インスタグラマーのヘアアレンジみたいな髪型をしている。とびきりのおめかしなのだろう、頭にはクオンキの花冠をつけている。
そうだ、クオンキはそもそも食べられるだけでなく綺麗な花が咲くのだった。
村の女たちはそれぞれ家から、保存しておいた牛肉やら寝かしておいたジキやら、もろもろの食材で料理して見たことのない豪勢な食事を用意して持ってきた。有菜たちもとりあえずポテトチップスとチョコレートを供出した。
「エンゲーブも祝いにきてくれたのかい?」
クライヴがそう声をかけてくる。
「お祝いをやってるって知ってたらジャージ……野良着じゃなくて制服で来たんですけど」
有菜がそういうと、クライヴは笑って、
「だいじょうぶ。他のお祝いしてる村人もほとんど野良着と変わらないからね」と顔を上げた。
なにやら村の広場には食事が用意され、みんな地べたに座り込んで宴会(ただし酒はなく飲み物はシヤ水である)を始めている。しかし食べているのは男性ばかりだ。
「さすが異世界……男尊女卑だ」
沙野がぼやく。異世界というのは男尊女卑なのだろうか。よくわからないが自分たちは宴会に加わるべきではないだろうと園芸部は判断した。
「異世界でこういうめでたいの見るのって初めてっすよね」
翔太がしみじみとそう言う。
「清楚な感じでござるな」
春臣はお嫁さんことソノを見た。確かに、色白で頬がぽっと赤くて、清楚な面立ちをしている。
「あ、エンゲーブ! 来てくれたのかい?」
ルーイに呼ばれた。4人はルーイのところに歩いていき、
「結婚おめでとう」とそれぞれ声をかけた。
「ありがと。これが俺の嫁のソノだよ。隣村から避難してきてるときに知り合ってね、それが縁でこうなった」
「なるほど。ソノさん、初めまして。園芸部です」
「エンゲーブ……って、科学をこの世界にひろめたすごい人たちなんですよね。そんなすごい人たちに祝ってもらえて嬉しいです」
ソノさんはにこりと笑った。意外と歯並びが悪い。まあ歯科矯正の技術なんてこの世界にはないだろう。
ソノさんとルーイは緊張しているのか食が進んでいないようだ。有菜が、
「食べなきゃ冷めちゃうよ?」と声をかけると、
「いやあ、緊張しちゃって……このあと歌わなきゃいけないし、踊らなきゃいけないし」
「ならなおさら食べなきゃ。ほらポテチ」
「ぽてち?」
「ソノは見るの初めてだっけ。異世界のすごくおいしいお菓子だよ」
「いただきます」
ソノさんは遠慮なくポテチに手を伸ばした。一枚口に入れて、
「たしかにすごくおいひーですね」と答えた。案外気さくな人のようだ。
宴会は歌ったり踊ったりして、夕暮れが迫るまで続いた。夜呼びが飛び始めて、慌てて撤収する感じだ。
園芸部も帰ることにした。めでたいものが見られてよかった、と4人とも思っていた。
「あっちの世界だと結婚って家同士の結びつきとかではないのかな。ソノさんのお父さんお母さん来てた?」
沙野がそう分析を始める。春臣が、
「どうなんでしょうなあ。ライトノベルを読むかぎりでは、ヒロインとアレな事態になっても親がしゃしゃり出てくることはないでござるが」と首をかしげる。
「いやそれはライトノベルだからだよ……親出てきたらややこしくなっちゃう」
ライトノベルというのは親がとにかく出てこないらしい。そんなことはともかく、一同帰路につくべく校門を出たところで、全員のスマホが鳴った。石井さんからメッセージだ。
「報告したいことあるんでこれから俺の作業小屋きて」
なんだなんだ。一同は石井さんの作業小屋に向かった。
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