#68 科学の使い道

 カッテージチーズを、クライヴとレイナレフが口に入れて、しばらくモグモグしてから、

「チーズだ……」

「チーズですね……」

 という反応が出た。やはりチーズはおいしいもののようだ。

「ただ生で牛乳を飲む以外にもこんな方法があったなんて。チーズなんて王侯貴族の食事かお祭りでないと食べられないものだとばかり」

 レイナレフは2口目のチーズをモグモグしている。完全なる「やめられない止まらない」になっている。

「お祭りでチーズを食べるんですか?」

 有菜が質問するとレイナレフが頷く。

「神殿の宮清めの日に、神殿騎士がひと口だけ食べられるんです。すごく貴重なものなので、守護神官になったからもう一生食べる機会もないんだろうなあ、って思ってました」

「ああ、懐かしいなあ宮清め。チーズだけでなく国内あちこちの珍しいものが食べられるんだよね。それに至るまでが重労働なんだけど」

「掃除でもするんっすか?」

「まあ大雑把に言えばそうなんだけど、なんせ女神さまの神殿はすごく大きいんだ。異邦人の庭だとか至聖所だとか、ありとあらゆる地点を掃除しなきゃいけなくて、とにかく過酷でねえ」

 泊めてもらったときはそんなふうには思わなかったのだが、と有菜が言うと、

「地下がすさまじく広いんだよ、女神さまの神殿は。地下は迷宮になってる。そこも掃除しなきゃいけないから、紐を鎧につけて奥にいくんだ。奥には悪鬼の宿る像がある。魔物を殺しすぎると動き出すらしい」とクライヴが答えた。

「ミノタウロスの迷宮でござるな」

「みのたうろす?」

 よくわからない顔の神官ふたりに、春臣がとうとうとミノタウロスの迷宮の話をする。

「お前なんでそんな生活に不必要な知識持ってんだよ」と、翔太がツッコむ。

「オタクだからでござるよ。オタクに不必要な知識はないでござるからな」と、なぜか胸を張る春臣から沙野が目をそらした。

「どこの世界にも似たようなものがあるんだねえ」

 クライヴが3口目のチーズをモグモグしながら言う。沙野が、

「ミノタウロスの迷宮は伝説なので、実際にはないんです」と注釈を加える。


 どうも時間の流れがゆっくりなようだ。まだまだ夜呼びが飛ぶには明るい空をしている。

「この世界の歴史について教えてほしいでござる」春臣がノートを取り出した。ふだんは綾乃さんのサブレの缶にしまってあるものだ。

「そういうのはレイナレフくんの得意分野だ」

「任せてください。人々は昔、女神さまやそれに連なる神々と同じ世界に生きていたんです。その時代は草を摘んで食べるだけで生きていけました」

 レイナレフの言葉を春臣がノートに書き留める。レイナレフは、おそらく村での礼拝で絵解きをするときの調子で、淡々と歴史を説明してくれる。

「しかし人類が思い上がったので、女神さまは人類を打たれて、人類は自力で食べ物を探さねばならなくなりました。そこに飢饉が起こって、それでみな飢え苦しんでいるところに、女神さまのお慈悲で野菜が降ってきたんです。それが500年前の大飢饉のとき」

 なるほど。時系列で説明されると分かりやすい。

「で、大飢饉を野菜や家畜で乗り切って、なんとか人類の暮らしが軌道に乗ったところで、悪鬼が出現し、魔物が蔓延り、また人間は貧しくなりました。それがいまです」

 有菜はふむ……と考え込んだ。いままでクライヴから断片的に歴史の話を聞くことはあったけれど、こうしてまとめて聞くとかなり波瀾万丈だ。

「でもいまは科学がありますからね。魔物に負けないくらい頑張って畑を作って家畜を飼い、食べていくことができるようになるはずです」

 つまり自分たちは歴史に関わるくらい、この世界を動かしたのだ。

 なんだか嬉しかったがなんだか怖い。ドキドキする。

「魔物って科学で倒せるんですか?」

 と、有菜は素直に尋ねた。

「うん、いまその研究を長老会付きの錬金術師さんたちがやってるよ。たとえば爆弾を作るとか。魔法でも爆弾は作れないことはないんだけど、大して力はないんだ」

「それは科学を使う方法を間違ってます!」

 有菜は思わずでっかい声を出した。

「な、なんでだい?」

 有菜はダイナマイトを発明したノーベルの話をした。爆弾を作って大儲けしたものの、爆弾は戦争に使われ、それで儲けた金で学問の発展に寄与した人の賞をつくった話だ。

「魔物がいるんだから人間同士の戦争は起きないんじゃないかな」

「でも戦争をしたがるのが人間でありますぞ」

「そうか……考え方を変える提案を、長老会に送ってみる。確かに爆弾は魔物だけを狙って倒せるわけじゃないからね」

「むしろそれって魔法の得意分野じゃないですか? 魔物だけを攻撃する爆弾」

 沙野の提案にレイナレフが頷く。

「確かにそうかもしれないですね。科学にもできないことはたくさんあるわけですから」

「そうですよ科学より魔法のほうが優秀です」

 有菜はそう言って、すっかりカッテージチーズがなくなっていることに気づいた。どうやら話しながらヒョイパクヒョイパクと神官ふたりが食べてしまったらしい。

「うぬぬぬ」

 有菜はジト目でクライヴとレイナレフを見た。2人ともなんで睨まれているのかわからない顔だ。

 そこで夜呼びが飛び始めた。一同帰ることにした。

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