#67 オーク肉ソーセージとカッテージチーズ

 ソーセージというものが異世界に伝来した次の日、草むしりのあと異世界にいくと、なにやら異臭がした。まるで動物園の匂いだ。

 村の広場ではクライヴがオークを解体していた。村人はみんなおっかないものを見る顔で様子をうかがっている。

「なにしてるんすか」

「うん、豚肉はすぐには手に入らないから、オークでソーセージを作れないかなあと思って」

 オークのソーセージ。想像するだにおいしくなさそうだ。クライヴはオークのはらわたを引きずり出して、

「腸っていうのはこれだよね?」と、園芸部一同に尋ねた。沙野が貧血を起こしてへたり込んだ。

 その腸を丁寧に泉の水で洗い、クライヴは首をかしげて、

「下処理って洗うだけでいいのかな」と呟く。それではオーク味がすごいのではないか、と有菜がググってみると、どうやら腸は塩漬けにしなくてはならないらしい。

 というわけでオークの腸を塩に漬けて、時間魔法でしばらく熟成させると、いい塩梅のソーセージの皮ができた。その間に村人たちがオークを解体して、肉にしていた。それを包丁で刻み、なんだかいい匂いのする草を刻んだのと一緒に、腸に詰めていく。

「絞り器があったほうがよさそうでござるな」

「シボリキ? ソーセージをつくる専用の道具があるのかい?」

「ググったら出てきましたよ」

 有菜は絞り器の画像をクライヴに見せた。

「その『ググる』ってやつすごいよね」

 クライヴは変な方向に感心した。とにかくソーセージの生のやつができた。

 これを燻製して、しっかり火を通せば出来上がりだ。出来上がりまで見ていたかったけれど、夜呼びが飛び始めたので一同帰ることにした。


「あれは豚の腸だからフランクフルトになるんでござるな」

「豚っつうかオークだぞ」

 翔太がため息をつく。オーク肉はひどい味がするのだが、腸はどうなのだろうか。きっとまずいに違いない。

 一同部室に戻ろうか、と歩いていると、土方さんが現れた。学校の敷地内は部外者の立ち入りが禁止なんではなかったか、と思って、去年に太嘉安先生説得に動員したのを思い出す。

「こないだの雨で畑全滅したんだって?」

「あー……でも新しく土をいれて、レタスとトマトときゅうりを植えたので」

 有菜がそう説明すると、土方さんはうむうむと頷き、

「そうなのか。じゃあ今年は茹でピーはないんだな」

 と、茹でピー大好きのセリフを発した。

「なんの用でござるか?」

「ああ、石井に呼ばれたんだ。初物のトマト食わないか、って。お前らトマトジュースしか飲んでないだろ」

 というわけで土方さんの軽ワゴンにぎゅうぎゅうに乗っかり、石井さんの畑に向かう。石井さんはなにやらサラダをこさえていた。

「おーよく来たな! いま出すからちょっち待ってくれ」

 石井さんはサラダを紙皿に取り分けた。一同、トマトとチーズのサラダを口に運ぶ。うまい。

 石井さんのトマトは決して甘いものではない。むしろちょっと渋くてエグい感じの味がする。しかしそれでも夢中になって食べるほどおいしい。なるほど異世界の野菜とおんなじだ。箸休めのチーズもおいしい。農業仲間からわけてもらった、と石井さんは言う。

「異世界でチーズつくれないかな」と、有菜は素直にそう言った。しかし発酵学の知識など、ふつうの高校生にあるはずもない。

「チーズかあ。お酢があれば作れるぞ」

 石井さんが自分の作ったトマトをもぐもぐしながら言う。

「え?!」素直に有菜がビックリする。石井さんは、

「カッテージチーズって作ったことないか? 牛乳を鍋に入れて火にかけて、お酢とかレモン汁とか入れると固まるぞ」

 と、ありがたいことを教えてくれた。


 トマトパーティの翌日、異世界に向かうとクライヴとレイナレフがニコニコで待っていた。

「オーク肉をおいしく食べる方法が見つかって、我々はとても嬉しいです」と、レイナレフ。

「エンゲーブのみんなに食べさせようって残しておいたんだ。期待していいよ」

 出てきたのはオーク肉の燻製ソーセージだ。ぱっと見はふつうのフランクフルトである。どうやら茹でてあるらしい。園芸部一同が恐る恐るかじると、ぱりっとした歯応えと、若干のエグみ、豚の脂が口に広がった。

「これ本当にオークなんです?!」

 沙野がでっかい声で言う。クライヴとレイナレフはニコニコしている。オーク肉がおいしいなんてことがあるのか。有菜も、翔太も、春臣もびっくりしていた。

「さっそく報告書を書いて長老会に提出したよ。この水準の製品なら、家畜の肉とさほど変わらない。スライムの肝とおなじで、魔物には調理の正解があるみたいだ」

「おお……素晴らしい。そうだ、実験したいことがあるでござるよ」

 春臣は牛乳と酢はないか、とクライヴに尋ねた。牛乳も酢もある、という話なので、さっそくカッテージチーズの試作に取りかかった。

「今度はなにができるんだい?」

「チーズです。牛乳を固めたやつですね」

 有菜は鍋に牛乳をそそいだ。

「え、それって専門の職人が何年もかかって作るやつじゃないのかい?」

「簡単に作れる方法があってですね。牛乳を固めてサラダにいれたらきっとおいしいですよ」

 有菜は鍋の牛乳に酢をそそいだ。その様子を、レイナレフが興味深そうに眺めている。

 出来上がったカッテージチーズをよく水切りする。水切りの布を広げると、いい感じのカッテージチーズが入っていた。レイナレフの腹がぐう、と鳴り、一同アハハと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る