#66 石井さんの畑と異世界ソーセージ
現実に広がる、異世界の畑とは問題の違う園芸部の畑を、4人は呆然と見ていた。
異世界が飢饉になってもとりあえず自分たちは困らないんだよなあ、と一瞬考えて、有菜はおのれの傲慢さに気付いた。あるいは自覚した、と言ったほうが正しいかもしれない。
園芸部は、異世界の食糧の増産を目標の一つに非公式に掲げているし、先輩たちも同じ気持ちだったはずだ。しかし実際に自分たちの畑が流されたのを見ると、異世界の農業のことはとりあえず後回しでいいか、と思う。
悔しかった。悲しかった。なんで自分たちは、異世界の人たちを大事にしているフリをして、自分の畑の心配をしているのか。
「……まあ、土をいれて、苗でいろいろ植えるしかないんじゃないすか?」
翔太のちゃんとした提案に一同頷いて、とりあえず解散しようか、となったところで、有菜ははたと思い出した。
「石井さんの畑、どうなっただろ」
園芸部一同は石井さんの畑に来ていた。比較的高台にある石井さんの畑は、どうやらとりあえず全滅は免れたらしい。
「いやあひでえ雨だった。園芸部は無事か?」
「全滅にござる」
「うーむ……手伝ってやりたいのはやまやまなんだが、こっちもこっちでやらにゃならんことが山積みでなあ……」
「だいじょうぶ、です。全滅したことより、相談したいことがあって」
沙野が口ごもりながら話したのは、異世界と今後どう向き合うべきか、ということだった。沙野も、有菜と同じく、異世界の人たちより自分たちの畑を心配したことを後悔しているようだった。男子ふたりも同じらしい。
「まあそりゃあしょうがないわなあ」
石井さんはハッキリとそう言う。一同ちょっとびっくりする。
「大人になりゃ忘れちまうもんだよ、高校生のころのことなんて。異世界でクオンキ食ってあんまりうまいから同じ味のトマト作れないか頑張ってるわけだが、結局いまじゃクオンキの味を詳細に思い出せるわけじゃない」
「そういうものなんですか」
有菜はアホの顔でそう答えた。
「そういうものだ。爺さんになるころには完璧に忘れてると思う。確かにあっちの世界は珍しいものがたくさんあるし、魔法や魔物や女神さまがいるわけだが、それでも現実のほうを大事にしていいんだと思うぞ」
「そうなんですか……」
沙野が少し涙目で答えた。
「まああっちの人たちは優しいし面白いが、結局卒業したら行けなくなるわけで、あっちの人たちだってずっと覚えてるわけじゃないと思う。なんだかんだ時間は流れるからな」
「でもむこうのクライヴさんが石井さんや土方さんの話してましたけど」
「そーなの? 意外だな。ひたすらスナック菓子持ってくしかしてないんだが」
しばらく石井さんと話して、なんだかスッキリした気分になった。まだ異世界を異世界と割り切って付き合う境地には至らないが、それでももうちょっとゆるく付き合って、自分たちのことを大事にしていいんだな、と、有菜は思った。
翌日、太嘉安先生が大袋の土と堆肥をたくさん買ってきてくれた。それを、流されてしまった畑に入れる。
とりあえず当初の予定である落花生とサツマイモはもう間に合わないので、リーフレタスの種とキュウリの苗と大玉トマトの苗を植えることにした。ホームセンターで手に入れたらしい。畑にキュウリ用の支柱を立ててネットを張る。
有菜は、帆を張って新たに船出する園芸部を夢想した。落花生やサツマイモはとれないわけだが、それでもまだ収穫をすべて諦めちゃいけない。
マリーゴールドも苗で売られていたらしいのでポコポコと植える。とりあえず畑らしくなった。
畑らしくなったところで、異世界に移動した。クライヴとレイナレフが難しい顔をしていたので、とりあえずチョコレート菓子を勧める。
「どうしたんですか?」有菜が訊ねると、クライヴは苦笑して、
「いやー……私は長いこと田舎の武闘派守護神官をやっていたもんだから、絵解きの内容をところどころ忘れていてねえ。レイナレフくんは神殿騎士の中でもとびきりの知性派だったそうだからお勉強に付き合ってもらっているんだ」
と、肩をすくめてみせた。
「クライヴ師は体を張って村を守られた方ですからね、絵解きができるよりそっちのほうがすごいと思いますよ」
「じゃあこんど槍術でも教えるかい?」
「ぜひ!」
レイナレフはケーキにマシュマロを挟んでチョコレートをかけたやつをモグモグして、
「あちらの世界にはこんなおいしい食べ物があるんですか。すごいなあ」と感心しきりである。
「ミニポタジェはどんな塩梅でござるか?」
「好調ですよ。薄織りの布をかけても野菜って育つんですね」
おお、やったあ。園芸部一同ハイタッチをする。
「私の職場の村は布だけでなく昔は豚も飼っていたそうなので、近く国の施策で辺境の村に豚をオスメス2頭配るというのも楽しみなんです」
「え、この村にも豚は来るんですか?」
沙野が目をぱちぱちした。
「それは隣村と共同でやることにしたんだ。あっちで子豚が生まれたら分けてもらって、こっちで育てて肉にして、隣村にもお裾分けする。血が濃くなるといけないからこっちでは繁殖はしない」
なるほど。確かにいいアイディアだ。
「こっちってソーセージ、腸詰めってあるんですか?」
有菜が訊ねると神官ふたりはよくわからない顔をした。
「要するに丁寧に処理した豚の腸に豚肉のミンチをつめて、茹でたり焼いたりして食べる料理でござるな」
「なんだいそれは、すごくおいしそうじゃないか」
クライヴが食いついた。異世界にソーセージが伝わった瞬間であった。
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