#65 洪水

 毎日が充実して楽しいので、有菜は学校でいつもニコニコしている。ある日クラスメイトに、

「なんで有菜はいつもニコニコしてるん?」と訊ねられた。

「そりゃあ部活が楽しいからだよ」

 と答えると、クラスメイトは理解に苦しむ、という顔をして、

「畑仕事のなにが楽しいの? 土とか汚いし虫いるじゃん」と言ってきた。ああ、この子は野菜がどこでどうやって育つかわからないんだな、と有菜は思った。

 進路についてもぼつぼつ進んできて、農業学科のある大学を希望している、と、あまり有菜とは仲のよくない両親に言ったところ、「有菜はちっちゃいころ『野ギャル』が好きだったからね」と、変な納得のされ方をした。そして「好きなことを勉強しなさい」と言われた。よし、と有菜は受験勉強を頑張ることにした。

 有菜の家はふつうのサラリーマン家庭なので、とりあえず親の負担にならないように国公立のところを目指すと決めて、毎日もりもり勉強し、毎日部活に勤しんだ。とてもとても充実している。毎日が楽しい。サツマイモの苗を植えて、そのあと中間テストをわりといい成績でクリアして、先生がたにもこの調子なら国公立の農業学科問題なしのお墨付きをもらった、梅雨時のある日。

 その日は妙に強い雨が長く続いた。朝から切れ目なく降り続ける雨に、流石に畑のサツマイモと落花生が不安になった。沙野も、「ちょっとこれはまずくない?」と言っている。昼休みには翔太と春臣から「この雨やばくないすか」「雨がやばしですな」とメッセージがきた。

 放課後、園芸部一同がほとんど役に立たない傘をさして畑を見に行くと、すっかり洪水状態で畑が水浸しになっていた。長雨だと病気になったり流されたりして不作になる。有菜は不安に思いながら顔を上げた。校庭の向こうにあるドブ川よりちょっとマシくらいの水路が氾濫しかかっている。


 その日から4日ほど雨が続き、学校は休みになり、グラウンドの向こうの水路は氾濫して、校庭が水浸しになった。

 長雨が終わった日、園芸部一同はみんなで畑を見に行った。落花生とサツマイモ、芽を出して育っていたマリーゴールドも、ぜんぶ流されていた。

「うわあ……」

 有菜は愕然とする。沙野は泣き顔だし、翔太も春臣もしょんぼりした顔だ。

「いまから植えても間に合わないし。今年は収穫なしだ……」沙野が涙をこらえてそう言う。

「なんの成果も得られませんでした、でござるな……」

「いや春臣くんこんなときまで漫画のセリフ持ち出すのやめて」

 沙野の冷静なツッコミが救いだ。

「まだ終わらないよ。今年もトマトの袋植えやるからね」

 有菜は力強くそう宣言した。

「そっすよ。前むきに考えたほうがいいっすよ」

「そうだね……茹でピー食べらんないのは残念だけど」

 沙野のセリフに一同「それな〜!」となる。それくらい去年食べた茹でピーはおいしかったのである。

「でもリーフレタスとかならいまからでも間に合うんじゃないかな。土をなんとかすれば」

 有菜が提案して、一同畑の土をなんとか復活させる方向で考えてみることにした。


 どうやって復活させたものか考えていると、異世界に飛ばされた。そろそろエウレリアの種蒔きの季節だ。異世界はさんさんと太陽に照らされ、まさに初夏の陽気である。

 農業機械で耕された畑に、もろもろの作物が植えられ、こちらは順調でいいなあ、と有菜は思った。現実に女神さまがいたらどれだけありがたいことか、とも。

 クライヴに一同は現実世界の水害の話をする。クライヴはうむうむと聞いて、

「なにか神々の怒りに触れるようなことでもしたんじゃないのかい? もちろん君たちだけでなく、あちらの世界のだれかが」

 と、異世界人らしい意見を言った。

「あっちの世界神の怒りに触れるひと多すぎるんですよね〜!!!!」

 沙野がうめいた。それから環境問題とかそういうことをクライヴに説明する。

「こちらもそういうことがないように気をつけなきゃいけないなあ。ちょうど近くに炭鉱が見つかって、ゴブリンの駆除が始まってるんだけど、なんだかそういう話を聞くと不安だなあ」

「魔物は女神さまに仇なす存在ではなかったですかな」

 春臣の質問にクライヴは頷いて、

「うん、魔物は女神さまの敵だ。だからといって全滅させると悪鬼が暴れ出すかもしれない」と答えた。

 そうだ、女神と対立する悪の神がいるんだった。それを怒らせたらタチが悪そうだ。

 そういうわけで異世界の文明はゆっくり進まざるを得ないようだった。一同ため息をつく。

「家畜ってどうなってますか」

 有菜が訊ねると、クライヴは笑顔で、

「飼料の研究が進んで、育ち方がよくなったらしい。この村だとあんまり豚肉って食べないけど、いままでみたいにワラばっかり食べさせるんじゃなくて栄養のあるものを食べさせたら、子豚もたくさんとれるようになったそうだ」

 おお、それは素晴らしい。

「もうちょっと頑張れば、王陛下が毎日家畜の肉を召し上がられる世の中がくるかもしれない」

 クライヴは笑顔だ。そこで夜呼びが飛び始めたので、一同は現実に帰還した。


 現実に帰還すると、途方にくれるようなグチャグチャの畑が待っていた。

 一同でっかいため息をついた。

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