#64 隣村の守護神官

 大型連休も無休の文化部は園芸部だけだ。有菜の家族は隣県の城址公園に花見に行こうと言っていたのだが、有菜はそれに不参加で園芸部の部活動に勤しむことにした。少しでもいい生徒として活動して、入試に有利にしたいからだ。

 例えば面接で「高校時代頑張ったことはなんですか」と訊かれたときに答えることがあるのは大きなポイントである。


 きょうはマリーゴールドの種を花壇に蒔いた。落花生も種を蒔く。サツマイモの植え付けはまだちょっと先だ。

「園芸部ってそもそもこういう活動をする部活なんでござるな」

「異世界にいくのは園芸部の活動じゃないからねえ」

 有菜がそう答えると春臣は「くふふ……デュフフ……」とちょっと気持ち悪い笑い方をした。

「去年開拓した花壇はどーするっす?」

「余ったマリーゴールドの種でも蒔こうか」

 というわけで、結局やりたくなかったありがちな「マリーゴールドが整然と植わった花壇」を作ることになってしまった。

 種まきを終えて、そろそろちょっと休もうか、と思ったところで、異世界に移動した。異世界は相変わらず牧歌的な光景が広がっている。

 しかし、耕されている農地の面積が違う。広い畑にはジキやヘヘレ、エキ・ロクが植えられているようだ。

「あ、エンゲーブ! 元気だった?」

 ルーイが手を振る。そちらに向かうと、ルーイは嬉しそうな顔で、

「見てよ、俺たちこんな広い畑やってるんだよ」と自慢してきた。

「土地の権利とかはどーなってるでござるか?」

「トチ……の、ケンリ……?」

 どうやらこの世界には不動産という概念がないらしい。村の畑は村のみんなのもののようだ。

「科学で作った農業機械のおかげで、たくさん野菜を作れるようになったから、もうお腹が減ることもないんだ。すごいね、あっちの世界」

 ルーイは小型耕運機に似た機械を動かしながらそう言った。沙野が首をかしげて、

「これはどういうふうに動いているの?」と、ルーイに質問した。

「よく分かんないんだけど、魔法で炎を起こして、それで蒸気を作って蒸気を吐き出す力で回ってるんだって」

 おお、魔法と科学のハイブリッドだ。

「カイルの姿が見えないな」

「カイルたちならもとの村に帰ったよ。新しい神官さまも来たんだって」

「新しい神官さまかあ」有菜はうむうむと納得する。それはよかった。プランターでワフウを育てられるといっても限度があるだろう。

「そうだ、あっちの世界のお菓子とかいろいろ持ってきたけど食べる?」

 沙野の提案に、村じゅうの人たちが園芸部一同を見た。村のみんなとクライヴと園芸部で、盛大におやつタイムと相なった。


「隣村の守護神官、こういう辺境に来るのは初めてらしくてね。私がいろいろ教えることになってる」

 クライヴがカップにコーラを注ぎながらそう言う。

「やっぱり元神殿騎士のひとなんですか?」

「うん、私に比べるとずいぶん若いけど」

「このコーラってやつポテチにぴったりだね」

 ルーイがモグモグとポテトチップスを食べながらそう言う。

「どれどれ。ふむ、確かにこれはいい組み合わせだ」

 みんなでモグモグしていると、村に馬が入ってきた。馬車で移動したときも思ったが、サラブレッドに比べるとずいぶん小さい馬だ。

「こんにちは。クライヴ師、相談したいことが」

「あー、ちょうど君の話をしていたんだよ。レイナレフくん、この4人がエンゲーブで、いわゆるマレビト。みんな、この人が隣村の守護神官のレイナレフくん」

「よろしくお願いします」有菜は頭を下げた。他の面々も頭を下げる。

「マレビトってこんなに謙虚な人たちなんですか。よろしくお願いしますね」

 レイナレフは馬からひょいと降りて、頭を下げた。


 レイナレフの相談は、ちょっとずつ隣村でも食べ物を生産したい、ということだった。隣村の土壌は、野菜を育てるのには向いておらず、定期的にエケテの村を訪れて食糧を買わねばならないらしい。その状態をなんとかしたいようだ。

「そういうのはまさに園芸部の得意分野じゃないかい」

「うーん……プランター1択じゃないですか? それこそミニポタジェとか」有菜はそう提案する。

「み、みにぽたじぇ?」

 よくわからないレイナレフに、ミニポタジェがどんなものか簡単に説明する。大きなプランターに、さまざまな野菜やハーブ、花を植えて、鑑賞しても食べても楽しい小さな農園を作る……というものだ、と。

 実を言うと園芸部の面々は日曜朝の園芸番組で知っただけで、実際にやったことはないのだが……。

「それを1家庭に一個作れば、だいぶ食べ物で楽ができるかと。セムの花を育てれば、それを売って稼ぐこともできますし」

「なるほど……! 参考になります。害虫は灰に油と水を混ぜればOKなんですよね」

「あっそうか、隣村は害虫が出るんだった」

 一同うぬぬの顔になる。異世界で農薬を使うわけにはいかない。

「防虫ネットって使えないんすかね」

 翔太が首をくきっと捻る。防虫ネット、確かにそれはいいアイディアかもしれない。

「防虫ネットというのはなんですか?」

「こう……畑とかプランターとかに被せて、光と水は通す、悪さをする虫が入ってこないようにする布なんすけど」

「それはそっちの村で作れる薄織りの布でイケるんじゃないかい?」

 クライヴのナイスな助け舟。レイナレフは農地の土を分けてもらう約束をとりつけて、プランターの準備のために帰って行った。

 夜呼びが飛び始めたので園芸部も現実に帰ってきた。ちょっと時間の流れが早かったらしくもうすぐ夕方だ。一同はフードコートでおやつを食べた、と口裏を合わせてから帰宅した。

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