#63 マリーゴールドと農業機械
5月の連休、年中無休である園芸部一同はホームセンターに来ていた。
有菜たちの高校が建っているのは田舎の街なので、都会のようなおしゃれな園芸店などはなく、ホームセンターのグリーンコーナーで我慢せざるを得ないのである。
「うーん……今年はサツマイモと落花生とミニトマトをやるので決定として……問題は花なんだよね」と、有菜は唸った。
一同難しい顔で花のタネを見る。気軽に植えられそうな、「蒔くだけでお花畑」というタネがすごく魅力的に見えるのだが、太嘉安先生なら「ちゃんと草丈や色みを考えて花壇計画をしなさい」と言うと思う、というのが一同の認識だ。
4人が花のタネのコーナーで難しい顔をしていると、石井さんが棚の裏側のあたりから出てきた。
「なに難しい顔してんだ園芸部」
「あ、石井先輩。なんでここに?」
「草刈り鎌が壊れたんだよ。新しいのを見繕うついでにマリーゴールドでも育ててみるか、と思ってな」
マリーゴールド。なんでまた石井さんが花を。そこを尋ねると、
「マリーゴールドは害虫を防ぐ効果があるんだぞ。サツマイモとかマメ科にいいそうだ。トマトにも効くらしいし、効かなくても殺風景な畑よりはいいだろ」と、有益な情報を伝えてきた。
「じゃああたしらもマリーゴールド植えよう。まさにサツマイモと落花生やるわけだし。畑にいっぱい植えたらいいよね」
「おお、それはいいですな」
という調子で、マリーゴールドのタネをたくさん買って、一同は学校に戻った。太嘉安先生にかくかくしかじかと説明する。
「なるほど、畑を主体にしてマリーゴールドを植えるのもいいかもしれない。ちゃんと害虫対策も考えて菜園計画するのは素晴らしいことだ」
なにやら褒められた。なんだか嬉しくなっているところで、一同異世界に飛ばされた。
「おや。きょうは野良着じゃないんだね」
クライヴが声をかけてきた。手には槍が握られている。なにかモンスターと戦いでもしたのだろうか。
「なにかあったんっすか?」
「なにかあった、ってほどのことじゃないけど、隣村の様子を見に行ってきたんだ」
隣村。去年泉が枯れてゴブリンに占拠されてしまったところだ。カイルの故郷である。
「で、どうだったんっすか?」
「ゴブリンはいなくなって、泉が湧き始めていたよ。もうちょっとすれば人間の住める環境に戻るんじゃないかな。これもまた女神さまの恵みだ」
おお、それは朗報である。有菜は素直に喜ぼうとしたが、春臣が、
「でもそうしたらこの村の生産力は低下するんでござるな」と、確かにその通り、というようなことを言った。
そうなのだ、隣村からの避難民は、この村で重要な働き手として農業の仲間をしていた。それがいなくなれば、せっかく拡大した農地も手が回らなくなる。
喜べばいいのか悲しめばいいのか。有菜はリアルに「うぬぬ〜!」と声を上げた。
「大丈夫。いまは農業機械があるからね。畑を見てごらん」
「……農業機械?」
一同ポカンの顔で畑を見る。エンジンこそ積んでいなさそうだが、耕運機のような機械を用いて、畑を耕していた。
「な、なんですあれ」
沙野が挙動不審の顔をする。クライヴは笑顔で、
「都の長老会つきの錬金術師が、科学のことを学んだうえで作った、人間の力を増幅して人力の10倍の力と速さで畑を耕す機械だよ」
と、さらりとすごいことを言ってのけた。
「自動水撒き機で水やりができるし、人間がやらなきゃいけないのは草取りと収穫だけ。ありがたいことだよ。畑いっぱいにジキとヘヘレとクオンキを植えるつもりだ」
それはすごい。素直にびっくりする。
「これが国じゅうに広まってるんですか?」
「うん、去年の冬に南方で実験をして、うまく行ったから国じゅうで使われるようになった。豊かな収穫を得ればお腹を空かすことはないから、みんなマレビトの知識に感謝してるんだ」
なるほど……。
「あの農業機械を使って隣村も大規模にワフウを育てようってなってる。エンゲーブが教えてくれた赤い布はこの村と隣村の共同戦線で作って王陛下に献上するつもりだよ」
「かがくの ちからって すげー……を、実現したんですね」
「沙野先輩はポケ●ンするんでござるか?」
「中学のころはレートやってたけどもうめんどくさくてやってないよ。孵化厳選とか今思えばなんでやってたんだろ」
なんの話なんだ。それはともかく、異世界で自分達が持ち込んだ知識が有効活用されていることに、有菜はなんだか嬉しくなった。
夜呼びが飛び始めたので現実に帰還した。まだ夕焼け一歩手前くらいの青空だ。太嘉安先生がまたしても料理部に押し付けられたらしいサーターアンダギーをぱくぱく食べている。
異世界で農業に革命が起きている話をする。
「あっちの世界なりに折り合いをつけて農機具を作った、ってことなんだね。それはすばらしいことだ」
一同もサーターアンダギーは異世界人がめちゃめちゃに喜ぶやつじゃないのか、と思いながら食べた。
有菜は家に帰って、OB会にきょうのことを連絡した。すぐ石井さんから例によって将棋のコマのスタンプで「グッジョブ」と送られてきた。土方さんもなんのアニメか知らないがアニメキャラのスタンプで「やったね」と送ってきた。綾乃さんは沈黙している。忙しいのだろう。
翌朝起きてスマホを見ると、深夜に綾乃さんから「すごい!」という猫のキャラクターのスタンプが送られてきていた。なんだか誇らしい気持ちで、有菜は学校に行く支度をした。
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