#62 来ない新入部員と異世界の炭鉱
一年生を迎える会が無事に終わった。有菜が三日三晩苦しんで生み出した園芸部の説明はそこそこウケたものの、一向に園芸部に新入生が見学にくる気配はない。
「やっぱり茹でピーの実物ないとだめっすね」
「さすがに新一年生全員に配るほどは採れないよ……茹でピーは保存がきかないし」有菜はため息をついた。
「やっぱり自分のポスターがよろしくなかったでござろうか」
春臣もため息をつく。春臣の仕上げたポスターは、エキセントリックな色合いの昆虫や花を描いたものだった。ちょっと目のチカチカする色塩梅で、かなり個性的なポスターだったが、ほかの部活のポスターと比較してもオシャレだった。美術の先生が思わず足を止めて見入る出来だ。
「いや……わたしのn番煎じのポスターがあかんやつだよ」沙野もため息をつく。沙野の描いたポスターは、男女二人組が花の世話をする絵を描いたものだ。それなりに出来がよく、今年も「バスケはきもちいぞ!」と頭の悪さ全開の男子バスケ部のポスターの横に貼った。
結局初日に園芸部の見学にくる新入生はいなかった。
次の日も、その次の日も、見学する新入生が来ない。しかし勧誘活動はポスターと一年生を迎える会のステージ以外は禁止となっている。
「まあ、自分みたいな奇特な人間もいるかもしれないでござるし、無理にいますぐ勧誘する必要はないんじゃなかろーかと思うでござるよ」
「でもあれは翔太くんが連れてきたから入部したんじゃん。そもそも入ってみようって人がいないじゃん」有菜はそう言って何度目か分からないため息をついた。
「グヌッ」
変な悲鳴を上げる春臣はともかく、新入部員がこないと異世界の危機だ。
しかし、勧誘期間終わりの5月になっても、新入部員はこなかった。結局今年もこの4人で活動することになりそうだ。
異世界で故郷のおっかさん的クッキーを食べながら、一同クライヴに愚痴を聞かせる。新入部員が入らなかったこと。有菜と沙野は今年で卒業してしまうこと……。
「それは残念なことだ。それにしてもこのお菓子、ヒジカタくんやイシイくんが持ってきたのと同じやつだよね、ずいぶん小さくなった気がする」
「あー……あっちの世界、いま不況なんです。食べ物がなんでも値上がりしちゃって。食べ物だけじゃないですけど」沙野が肩をすくめた。
「あっちの世界では食べ物は買うものだ、ってイシイくんが言ってたけど、ふつうの人は畑をやらないのかい?」
「まあ、野菜を育てるのは専門の農家か道楽で畑をやってるひとだけでしょうね。牛とかも専門の農家が飼ってるだけです。小さい子供なら肉を見て動物を想像できないと思いますよ」
「そういうものなのかあ……。じゃあなんの仕事をして稼ぐんだい?」
「食品を運ぶ仕事とか、食品を料理する仕事とか、出来上がった料理を売る仕事とか、あとは家を建てる仕事とかよくわからないですけどお金を取り扱う仕事とか」
「人を喜ばせる文学や絵や遊びを作る仕事もありますぞ」
「運動のプロというのもいるっす」
「あといろいろな学問を研究する仕事もあります」
4人が口々に思いつく仕事を並べると、クライヴは目をぱちぱちして、
「ずいぶん複雑な社会なんだねえ」と答えた。
エキ・ロクのお茶を飲みながら、農業の塩梅はどうなのか聞いてみる。去年トレントをひっこ抜いたところを耕して畑にしたのだという。この国では他の村でもそういう調子らしい。
バケツの田んぼも結構収穫できたようで、正月の祭りではバケツの田んぼから収穫されたメジを食べたらしい。
冬のあいだお腹を空かせることもなく、明らかにちょっとずついい世の中になっているそうだ。
「都では地方に炭鉱がないか調査団として神殿騎士を送り込んでいるそうだ。蒸気機関の試作品はできたけれど石炭が足りないからね」
おお、それはすごい進歩である。有菜は嬉しくなったのだが、よく考えると炭鉱をつくることで自然破壊をしてしまうことはないかちょっと不安になる。
「あの、」と、有菜は自然破壊の話をした。あちらの世界では自然破壊でたくさんの生き物が絶滅し、たくさんの人が困っているのだ、と。
「大丈夫。炭鉱っていうのはだいたい神々の御代に発見されて古代人が使っていて、いまはゴブリンが棲んでるところが大半だから」
「神々の御代」
有菜がオウム返しすると、クライヴは笑顔で、
「女神さまがこの世界にじかにおられた時代のことだよ。女神さまやそれに連なるあまたの神々が、人にいろいろな知恵を授けられた。でも人が賢くなりすぎて、女神さまは人を打たれた。そこからやり直してるのがこの世界だ」
「なるほど」
有菜はよく分からないが納得した。いまは採掘されていない、すでに存在する炭鉱があるらしいということは分かった。
「それに文明と自然を仲良く付き合わせるのはこの世界の特技だからね。女神さまがお許しになるぶんしか掘り出さないよ」
またしてもなるほどな情報だった。
とりあえず科学が悪影響を与えているわけでないことが分かって安心した。夜呼びが飛び始めたので、その日はそこで現実に帰還した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます