#59 異世界の都
次の日。夕方の校舎に、土方さんと石井さんと綾乃さんがきていた。太嘉安先生は嬉しそうな顔で、
「元気そうでよかった」と言った。
「あの、太嘉安先生。話があります」
土方さんがそう切り出した。太嘉安先生は、
「なんだい?」と怪訝な顔をする。
「石井は、クオンキと同じ味のするトマトを作ろうとしてるんすわ」
「ああ、トマトジュースを飲ませてもらった。おいしかったよ」
「俺も、ときどきあっちで食べたジキのことを思い出すんすよ。あっちはいいところだったなあって」
「……それで?」
「いまの園芸部と同じで、俺らもあっちのことをずっと心配してるんすよ。確かに来年の今ごろには有菜たちは受験で忙しいだろうし、もう行けなくなってるとは思うんすけど」
「……ふむ」
「やっぱりあっちの人たちが、安定的にメシを食えるようになった、って教えてもらわないと、俺ら死んでも死にきれないっす」
石井さんは真面目な顔をした。
「あっちの世界に行ったのはほんの数回ですけど、私も同じ気持ちです」
綾乃さんが真剣な口調で言う。
有菜が思いついたのは、OB会による説得だった。きっとOBのひとたちもあっちの世界を心配しているはずだ、と思ったのだ。
そして太嘉安先生は、OB会が帰ってから、園芸部の面々に告げた。
「そこまでするなら仕方がない。冬休み中に、遠くの花卉農家を見学するという名目で泊まりがけの旅行を予定しておこう。その間に、あっちで都を見にいこう。私も行くよ」
「時間足りるっすかね」
「冬休みのころはあっちの時間の流れ方はとてもゆっくりになっているはずだ。大丈夫」
そういうわけで、ついに園芸部は異世界の都を訪れることが決定した。
有菜は家族に、冬休みに遠くの花卉農家の見学にいく話をした。お金は学校から出た部費から出すから大丈夫、と説明しておく。他の面々も同じようなことを家族に言ってきたらしい。
そうこうしているうちに、冬休みがやってきた。
有菜はふだん教科書やノートを入れているリュックサックに着替えを押し込んで持っていく。集合場所のいつもの花壇に到着すると、沙野はなぜか旅行に持って行くようなキャスターつきのキャリーケースを持ってきていた。春臣はやたらとデカいリュックサック、翔太はシンプルなリュックサックだ。
「沙野ちゃん、なにその荷物」
「え? 着替えとかそういうのだよ?」
「いやハワイ旅行みたいな荷物じゃん」
「荷物ってこういうのに入れるんじゃないの?」
「沙野先輩。非オタには通じないでござるよ」
「アッ、そういうことか……」
「春臣、お前もすげー荷物だな」
「しょうがないでござる。オタクのカバンには夢と希望が詰まっているでござるゆえ」
はあ……。
「よし、じゃあいこうか」
太嘉安先生も大きめの旅行かばんを抱えて現れた。一同、異世界へと向かう。
「お、エンゲーブが旅支度してきたぞ。本当に都に行くんだな」
いまでは王室献上品となった赤い布を干しながら、カイルがそう声をかけてきた。有菜がクライヴはどうしているか尋ねる。
「神官さまならそれこそ旅支度してるぜ。都は遠いからな」
そうなのか。ワクワクもするがドキドキもする。礼拝所の前には馬車が止まっていて、クライヴが荷物を積み込んでいるところだった。
「あ、エンゲーブとタガヤス。急いで、いま出ないと到着が夜中になっちゃう」
というわけで一同馬車に乗り込む。御者が馬に一発ムチを入れ、馬車は走り出した。
「今年は冬が遅いんだね。あちらはもう雪が積もっているよ」
「うん、夏の時間の流れがいつもよりちょっと急だったから、その分普段より冬が来るのが遅いみたいだ」
クライヴと太嘉安先生は互いに世界の繋ぎ目の守り手なので、結構親しいようだ。
馬車は山を降りるとひたすら平原を走り始めた。あちらこちらに水田と思われる地形が広がっていて、ここでメジが穫れることがわかる。
「今年はメジがたくさん穫れたそうだから、物々交換で手に入る量も増えるだろうね。やっぱり女神さまは豊かに施してくださる」
馬車の中で、有菜は持ってきたたくさんのお菓子を広げた。みんなでぱくぱく食べる。うまい。クライヴはポテトチップスに夢中だ。
春臣の表情がいささかよどんでいるので、
「どうしたの? 心配?」と有菜が訊いたところ、
「自分、車酔いするタチなんでござるよ。しかしまさか馬車で酔うとは」と、なんの問題もないことを答えた。
遠くに高くそびえる城壁が見えた。あれが都らしい。その日の夕方、園芸部一同とクライヴは都に到着した。時計の短針はまだ12にも届かないが、もしかしたらもう夜中? と思って、かわいいデジタル時計をつけた沙野に訊ねる。昼の12時で間違いなかった。
一向はまっすぐ城に向かうことになった。異世界の都は、あまりきれいなところではなく、けっこうゴミが散らかっていたりしているし、なにより埃っぽい。
街のあちこちに井戸があり、どうやら生活用水や飲料水はここから汲み上げているようだ。庶民の暮らしはわりと貧しい印象を受ける。
ここを思うとエケテの村はとても豊かなんだなあ、と有菜は思った。そして、一同は城の前に到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます