#58 都からの呼び出しと先輩たちの願い
その日も一通りビオラとハボタンの世話をしてから、一同は異世界に向かった。異世界はまだ秋の雰囲気のままだ。
「あ、エンゲーブのみんなが来てくれた。タガヤスはいるかい?」と、いきなりクライヴに声をかけられた。いまはいません、と答えると、
「じゃあ次に来るときはタガヤスも連れてきてくれないかな。相談したいことがある」
「相談したいこと?」沙野が疑問を発する。
「うん、長老会から、エケテの村にやってくるエンゲーブというマレビトを都に連れてくるように言われているんだ。赤い布もそうだし、キョーカショとかもそうだし、未知の技術をたくさん持っているから、いろいろ聞き取り調査をしたいらしいんだ。でもそれは私の一存で返事をしていいことじゃないからね。確実に泊まりの旅になるし、そうなればあっちでも時間は流れるから、君たちの家族にも迷惑がかかるかもしれない」
四人は顔を見合わせた。
ずっと行ってみたかった都に行けるかもしれない。少なくとも有菜の認識はそうだった。
「なにがきっかけで園芸部を都に呼ぶことになったんっすか?」
「赤い布を献上したことと、教科書を渡したことだね。マレビトの技術だって言ったらそれじゃあ連れてきて、ということになった。たぶん、君たちがこの世界にとって無害かどうかを確認したいんだと思う」
「自分たちは人畜無害な高校生でござるぞ」
「うん、基本的に無害だとは伝えた。でも長老会はそうは思っていないみたいだ」
「困りましたね」沙野がため息をついた。
「え、俺たち打首獄門に処されたりするんすか」
「……ウチクビゴクモン?」
「要するに晒し首ですな」
「それはないと思うけど……でもタガヤスに相談してみないと、君たちを都に連れて行っていいか分からない」
そう言って難しい顔をするクライヴに、とりあえず真っ黒くて白いクリームの挟まったクッキーを勧める。クライヴはそれをポリポリかじりながら、
「だから、次はタガヤスを連れてきてくれないかな。ちゃんと大人に相談しないと。君たちもこの世界の基準で言えば充分大人なんだろうけど、あちらの世界では学生は子供なんだよね?」
「そうですねー……理由もなく外泊したら怒られる身分ではあります」有菜はエキ・ロクのお茶をすすってそう答えた。
さて、夜呼びが飛び始めたので現実に帰還した。太嘉安先生が料理部に押し付けられたらしい失敗作のアップルパイを食べている。
異世界でこういうことがあった、と説明すると、太嘉安先生は、
「ここまで大規模に活動する生徒は初めてだよ。なんでそんなにあの世界に肩入れするんだい?」と尋ねてきた。
「太嘉安先生はあっちの世界をどう思っているんですか?」
有菜は質問に質問で答えたことを後悔しつつ、しかしそうとしか言いようがなかったのでそう訊ねた。太嘉安先生は、
「あちらの世界との交流自体は悪いことじゃない。でも君たちが危険な目に遭うのは避けたい」
と、真面目に言う。
「あたしたちはあっちの世界の食糧事情をちょっとでもよくしようって思っただけなんですけど」
「気持ちはわかる。あっちの世界は食糧難がすぐ起きる。でも君たちがこの学校を卒業したら、もうあっちの世界とは無関係になるんだ。それでもあっちの世界をよくしたいと思うかい?」
太嘉安先生の言う通りなのであった。
答えの出ない難問にぶつかってしまった。有菜は柄にもなくウムムムと考えながら、ジャージを脱いで制服に着替えた。
「あの」
ダッフルコートを着た春臣が、有菜と沙野に声をかけた。
「春臣くん、どうしたの?」
有菜が訊ねると、春臣は、
「フードコートでおやつ食べながら今回のことを相談しましょうぞ」
と提案してきた。
一同は例のでっかいスーパーのフードコートで、アイスクリームだの中華まんだのをかじりながら作戦会議をすることにした。
「都には行ってみたいっすね。カイルがどんなものを見てきたのか知りたいっす」
「だとしたらどうやって太嘉安先生を説得するか、だよね……わたしたちは来年の今ごろには引退して職探しなり受験勉強なりしてるわけで、あの世界にずっと関われるわけじゃないんだよね」
「あっそっか、来年は受験生だ……」
「有菜ちゃん進学するの?」
「いちおう農業系の学科のある大学をいくつかリストアップするところまではやったよ」
「……ぶれないね有菜ちゃん。わたしも進学の予定」
「すごいっすね、俺は勉強すんのに向いてないから就職しようかなって思ってるっす」
「自分は大学に行って学校の先生を目指そうと思っているでござるよ。作家はいつからでもなれるらしいゆえ」
「どのみち3年生の冬にはあっち行けなくなってるんだよね〜!!!!」
有菜はチョコレートまんをモグモグしながらうめいた。
「クライヴさんが太嘉安先生を口説き落としてくれるのを期待するしかないなあ」
「えっ有菜ちゃん、突然のボーイズラブ?! というかジジイズラブ?!」
「なんでそう解釈するの沙野ちゃん?!」
家に帰ってきて、チョコレートまんでうぷうぷだったものの夕飯を食べて、それから風呂場で有菜はぼーっと考えた。
どうすればいいんだろう。あの世界の食糧事情をよくするのは歴代の先輩たちの願いでもあるはずだ。少なくとも土方さん石井さん綾乃さんはそうだった。そこまで考えて、一つの答えにたどり着く。
「……そっか、その手があったか」
有菜は大至急で浴槽を飛び出し、タオルを羽織っただけの裸のまま、土方さんたちにスマホで連絡をとった。
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