#56 異世界野菜の起源

 二学期の期末試験で異世界にしばらく行かないでいたうちに、現実世界はすっかり冬になってしまった。今年の冬はどうやらけっこう厳しそうだ。

 枯れた花を片付けて、冬の間なにをして活動するか話そう、ということになった。とりあえず各教室にビオラの鉢を飾ろう、ついでにハボタンのカッコいいのも飾ろう、ということになった。

 ハボタンも最近ではすっかりオシャレな品種が出ていて、部費で買っている園芸雑誌を見る限りでは「食べられないカラフル白菜」という印象でなくなっている。よおし決まりだ、とメモにハボタンとビオラを飾りたい旨を書きこみ、4人は次になにをするか考えた。

「異世界がどうなっているか確認しに行ったほうがいいんじゃないすか」

 翔太がもちもちの頬をしつこく揉みながら言う。揉むと脂肪が落ちるらしいと聞いてからずっとこれだ。

「確かにねえ……農地拡大っていっても冬だし。なにか差し入れ持って行こう」

 有菜の提案に全員が賛同し、とりあえずいったん近くのスーパーでお菓子だのインスタントのコーンポタージュだのを買い込んだ。それから異世界に向かうと、異世界はまだ晩秋といった感じだった。

 拍子抜け、という感じである。去年の今ごろは死ぬほど寒くなかったか。畑では収穫できなくなったクオンキやクツクツを引っこ抜いたり、ヘヘレの晩生のやつを収穫したりしている。

「おや、エンゲーブのみんなが向こうのお菓子を持ってきてくれたみたいだね」

 クライヴが野良着を着て現れた。畑仕事を手伝っていたらしい。

「お菓子だけじゃなくお湯を注ぐだけのスープもあります」

「おお、そんなすごいものがあるのかい。それは楽しみだ」

 村人たちは作業を休憩して、おやつタイムと相なった。カップスープにお湯をそそぎ、ポテチをパーティ開けして、チョコレート菓子を皿にざらざらとあける。

「ふむ……スープは液体のスープを乾かして粉にしてあるのか。興味深い」

 クライヴはそんなことを言いながらコーンポタージュをずびっとすすった。おいしいらしくニコニコしている。

「この黒いやつおいしいねえ」

 と、ルーイはチョコレートに夢中だ。カイルはポテチをもぐもぐしている。

「今年の冬は越せそうですか?」

「たぶん大丈夫。神殿の例祭で、長老会が食糧の豊かな施しを女神さまに乞うたそうだから」

 それで本当に大丈夫なのだろうか。有菜がそう思ったのが顔に出てしまったらしい。

「エンゲーブの人たちは女神さまの信仰を持っていないから分からないかもしれないけれど、我々は女神さまに生かされている。女神さまは我々が生きることを望まれる。それならば女神さまは我々を生かすために施してくれるはずなんだ。実際500年前の大旱魃には空から食物が降り注いだんだよ」

 クライヴはとんでもなく長生きをしている人だ。もしかしたら500年前の大旱魃も目撃しているのかもしれない。

「マナですな……旧約聖書の」

「マナ?」翔太がよく分からない顔をする。

「荒野を彷徨っているイスラエルの民に神が与えたもうた食物でござる。旧約聖書の出エジプト記のエピソードでござるな」

 春臣はなんでそんなことを知っているのか。校門前で配っていたギデオンの聖書は新訳だけだったような気がするのだが。

 そこを尋ねると、

「図書館で読破したでござる。うちの父氏母氏は基本的に宗教に拒絶反応を示すタイプでござるから、バレないように内緒で」

 と、春臣は誇らしげな顔をした。


 おやつタイムを終了するころ、夜呼びが飛び始めた。そろそろ帰らなきゃ、と園芸部の花壇のほうに行こうとして、もうなくなっていることに気づいた。有菜は腕時計を確認する。秒針がビックリするほど遅いので、異世界に泊まっても問題なかろうと有菜は判断した。

 礼拝所に泊めてもらうことになり、春臣が巻物に興味を示した。文字が読めなくても聖典の内容を理解できるようにした絵巻物だ。

「よく見てみると面白いでござるな」

「そうなの?」有菜は眉を片方下げた。

「500年前旱魃のときに降ってきた食物から、この世界の野菜がはじまってるんでござるよ。それまでは野の草を摘んで食べていたようでござる」

 つまり農耕文明になってから500年ちょっとしか経っていないということだ。流石に科学を発展させるのは早過ぎたろうか。

「いまこの世界で野菜として食べられているもの、まあ自分は知っていたりいなかったりでござるが、野菜のほとんどは女神さまからの施しでござる」

 なるほど。そりゃあ農業技術が発達していないわけである。

「みんな、夕飯ができたよ。かっぷすーぷみたいにおいしくはないけど、ウーをすって団子にしたスープだよ」

 クライヴが食器を運んできた。ウーの団子が浮いたスープだ。

「うまそう」翔太が遠慮なく言う。

「なにやら香ばしい香りがいたしますな」

「ウーはほぼほぼウナギの味だから覚悟して食べて。いただきまーす」

「いただきまーす」

 園芸部一同は手を合わせてウーのスープを食べ始めた。やっぱりウナギの味がした。

「うわ、うまっ」

 春臣が普通の口調でリアクションした。

「きみたちエンゲーブの『いただきます』というやつ、なんだか素敵だね。いただきます」

 クライヴもウーのスープにスプーンをつけた。

 異世界はゆっくりと夜になっていく。

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