#55 トレントを倒そう

 有菜はそう思いついて、しかし木を枯らす農薬なんて聞いたことがないな、と思いなおす。そして沙野のギョッとした顔を見てよく考えて、昔の戦争でばら撒かれた危険な薬に思い当たった。

「ごめんいまのなし。いくらなんでも無茶だった。それじゃ枯葉剤だ」

「ノーヤクというのは農業に使う薬のことかい?」

「大まかに言えばそういう感じです」

「ふむ。確かにトレントを薬で枯らすことができたら戦う手間は省ける。強力な魔封じの薬とかでいけるかもしれない」

「魔封じの薬?」

「魔法を使うタイプのモンスターに瓶を投げつけて、魔法を使えなくする薬なんだけど……トレントは地中の養分だけでなく魔力も吸い上げているから、それが枯渇すれば枯れるわけで」

 なるほど理解、という感じである。つまり薬などで魔力の出どころを断ち切ってしまえば、トレントは枯れるのだ。

 思いつきで言ったことが意外といいところに命中して有菜はなんだか嬉しくなった。沙野が、

「有菜ちゃん、すごい発想だね」

 と、褒めているのかけなしているのか分からないことを言ってきた。とりあえず褒めていると受け取っておいた。

「でもこれは長老会付きの錬金術師にお願いする感じになっちゃうなあ。まあ都も最近ではトレントに囲まれはじめたらしいし、アイディアとしてはとてもいいから喜んでもらえると思う」

 やったぜ。有菜はガッツポーズをした。

 夜呼びが飛び始めたので、園芸部の面々は現実に帰ることにした。


 帰るとまだ明るい時間で、太嘉安先生が綾乃さんのお土産である鳥の形をしたサブレをぽりぽり食べていた。有菜はむこうであったことを説明する。

「その理屈ならマンドレイクも枯らすことができるんじゃないのかい、あっちの世界のものを使って」

 その通りである。

「あっちの世界の科学がどれくらい進歩したのか、あの村じゃよく分からないだろうけど……錬金術に頼るということは魔法、あの世界のやり方を使うということだからね」

 またしてもその通りである。太嘉安先生は、

「じゃあ、ミニトマトを収穫しようか」

 と、校庭の隅っこに置かれていた袋植えのミニトマトを持ってきた。真っ赤な実が鈴なりだ。

 それを収穫し、一個口に入れる。甘酸っぱい。市販のトマトより酸っぱいけれどじゅうぶんおいしい。有菜の苦手だったミニトマトも育ててみれば案外食べられるもののようだ。

「おいしー」

「うまいっすね」

「うん、おいしいですな」

 みんなでミニトマトを食べ、収穫したミニトマトを紙袋に入れてもらって、一同は帰宅した。帰り道、翔太が、

「有菜先輩、野菜育てたり異世界行ったり、園芸部って楽しいっすね」と笑顔で言う。

「普通の園芸部は異世界にはいかないから、人と話すときは気をつけてね」

「……でした。しかし園芸部に入ってから俺なんかプヨってきたんすよ。素振り再開するべきっすかね」

 翔太はそう言い、童顔のもちもちした頬をつまんでみせた。確かに入部したころは童顔ながら精悍な面持ちだったのに、すっかり肉がついてきている。

「うん、素振りとかしたほうがいいよ」

 有菜はひきつり笑いでそう答えた。


 家に帰ってきて、有菜はスマホを取り出した。先輩たちにきょうのことを報告するのだ。

 ぽちぽちとOB会に連絡する。トレントを枯らす方法があちらで爆誕するかもしれない。そう入力したら真っ先に石井さんから「グッジョブ」と書かれた将棋のコマのスタンプが送られてきた。まもなく土方さんからも「ナイス」と知らないアニメのキャラクターのスタンプが送られてきた。夕方、日が暮れてから、綾乃さんから「すごーい!」と素直なメッセージがきた。おおむね問題なしということらしい。

「農薬のアイディアは綾乃さんがいなかったら思いつかなかったです」

「そっか、私の仕事から連想したんだ! すごい!」

 手放しでめちゃめちゃ褒められている。こそばゆい。


 さて、それから少し経って、異世界にやってくると、なにやら村が少し広がっているように感じた。

 ちょうどルーイが切り株と格闘していたので、なにがあったか訊ねてみる。

「うん、都でトレントを枯らす薬が作られて、さっそく撒いてみたんだ。そしたらトレントはみんな腐って倒れて、切り株が残ったからどかそうとしてるんだけど」

「こういうのは牛とか馬で引っ張るのがいいでござるよ。この世界にはバックホウはないですからな。北海道が舞台の朝ドラで履修したでござる」

 春臣が得意げにそう言い、沙野が恥ずかしい顔をした。

「ホッカイドー? ばっくほう?」

「北海道はあっちの地名で、バックホウはあっちの世界の巨大な馬みたいな機械でござる」

 というわけで牛を動員して、切り株を引っこ抜くことにした。意外と簡単にズボンと抜けた。しかしなにやら様子がおかしい。

 切り株は根をモジョモジョ動かして近寄ってくる。ルーイが青い顔をして一歩下がる。

「これ、根っこは死んでなかったんだ!」

「悪い借りる!」

 翔太がルーイの腰に下げられていた剣を奪い、トレントの切り株に一太刀浴びせた。トレントの切り株は「おろろろろん」と悲鳴を上げ、そこから溶けて消えた。

「お、おわあ……これがリアルモンスターとの戦闘……異世界を目の当たりにしたでござる」

「翔太くん大丈夫?!」有菜が駆け寄る。翔太はにっと笑って、

「最近毎晩一時間素振りしてたのが効いたっすね」と嬉しそうに言った。

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