#54 先輩のお土産と危険な思いつき

 ピザパーティの数日後、有菜たちは園芸部の花壇の草むしりをしていた。それにそろそろ矮性トマトの収穫の時期だ。石井さんの作る、野生の味のするトマトのようにおいしくはないだろうが、スーパーなんかで見かけるような甘くて食べやすいトマトの味がするんだろう。

 草むしりがだいたい片付いて、秋の柔らかい陽光を浴びながら、一同は雑談しながらハッピーなせんべいをぽりぽり食べていた。

「ビネガロンというハチャメチャにかっこいい虫がいてですな」

 春臣の虫の話が面白いので、有菜がビネガロンってどんな虫だろうとググろうとしたら沙野に止められた。どうやら相当グロいらしい。ぐっとこらえる。

「春臣くんって子供のころから虫が好きなの?」

「ハイ。幼稚園でも友達が恐竜だの重機だのに走るなかひとり虫を貫き通したでござる。小学生になってもグラウンドでてんとう虫眺めてるのが好きな子供で、そういう変わった子供だったので友達がいなかったんでござるよ。昆虫図鑑が友達だったんでござるな。中学生くらいでたまたまライトノベルを手にとって、昆虫図鑑だけでなく小説に分類されるものを読むようになったでござるよ」

「へえー。春臣の親ってなんか厳しそうだけど、ライトノベル買って怒られなかったのか?」

「そうですなあ……最初はそんな漫画みたいな表紙のやつ、って言われたでござるが、お金は自分のお小遣いから出しておりますからな。自由に使っていいって渡されたお金なんだから自由に使わせてもらっているでござる。ところで先輩たちはアルバイトってしたことあるでござるか?」

「あー、この近辺って高校生OKの求人めちゃめちゃ少ないから。そもそもこの学校、夏休みと冬休みに学期中赤点なしでないとアルバイトできないし。高校生の働き手が必要なほど人がいないんだよ」沙野が淡々と説明する。

「そうでござるか……社会勉強にいいかと思ったでござるが」


 そんな話をしていると、向こうから綾乃さんがなにやら差し入れの袋を持って現れた。一同色めきたつ。太嘉安先生も出てきて、

「おや、時任さん。病気はもういいのかい?」

 と、綾乃さんに尋ねた。どうやらフルネームは「時任綾乃」のようだ。なるほどマドンナの名前である。

「これ差し入れです。みんなで食べてください」

「やったあ。ありがとうございます綾乃先輩」

 袋に入っていたのは東京名物の、鳥の形をしたサブレだった。立派な缶に入っている。缶ももらえるということなので、機密事項の書かれたノート類をしまうことにした。

 綾乃さんは太嘉安先生にいろいろと近況を説明した。病気は寛解していること、農業試験場で働いていること。どうやらこのサブレは仕事で出張した東京のお土産らしい。

 どうにも綾乃さんは土方さんや石井さんと比べると「ちゃんとした大人」に見える。ピザパーティの翌日、出張に新幹線で東京に行ってきたらしい。

「仕事だけじゃなくてね、ずっと観たかったナウ●カ歌舞伎も観てきたよ」

 ナ●シカ歌舞伎。このクソ田舎の高校生には未知のものだ。ただ、春臣が一人で盛り上がっている。

「ナウシ●原作に基づいて作られたものでござるな」

「そう! すごかったよー」

「え、ナウシ●って原作あるの」と、有菜。

「あるんでござるよ。うちの親はジ●リ作品はみんなト●ロみたいなハートウォーミングなやつばっかりだと勘違いしてて、中学のころ欲しいって言ったら全巻クリスマスにもらったでござる。あれは哲学書でござるよ。映画はダイジェストで原作だと2巻ぶんくらいでござる」

「話が通じてよかった……で、いま異世界ってどういう感じ?」

 有菜がざっくりと説明する。科学のことや食糧問題のことなどを話すと、綾乃さんは考えこみ、

「科学かあ……確かにあの世界があの調子なのは魔法だけに頼ろうとしてたからだよね……」と首をひねった。

「綾乃さんは農業試験場でどんなことをしているんですか?」

「うん、簡単に言っちゃうと病気や害虫に強い作物の研究をしてる。なるべく農薬を使わなくていいように」

「病気や害虫に強い作物ですか」沙野が真面目な顔をした。

「あっちの世界で病気や害虫に苦しんでる話はあんまし聞かなかったと思うけど、なにか役に立てる?」

「クオンキにアブラムシみたいのがたかってたくらいですね……油せっけん水でやっつけました。隣村の人たちが泉が枯れて避難してきたのにくっついてきたみたいで」

 有菜がそう説明すると、綾乃さんは、

「そっかあ……どっちかっていうと害虫とか病気より収量の多い野菜のほうがありがたいよね」とため息をついた。

「あ、ヘヘレについたイナゴみたいな害虫はぜんぶこいつが料理したんすよ」

 翔太が春臣の背中をバシバシする。春臣はけふ、と少し咳をしてから、

「イナゴは昔から栄養源でしたからな」

 と答えた。

「なんだ、心配しなくてもいいんだ。でもなにか困ったことがあったら頼って。農薬の知識とかもあるし」

 綾乃さんは微笑んだ。きれいな人だ。


 綾乃さんが帰ってから、一同は異世界に飛ばされた。

 そろそろ森にウーを掘りに行くころだろうか。村は人けがない。泉を確認して、しばらく待っていると、村人たちが戻ってきた。

「やー今年もたくさん採れた。でもトレントが近づいてきたなあ……」

 クライヴがそう言ってため息をつく。有菜はぽんと膝を打って、

「トレントを農薬で枯らすことってできないかな?!」と、思ったことを素直に言った。沙野が、ギョッとした顔をした。

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