#53 先輩たちのマドンナ

 園芸部一同は、諦めてここまでの経緯を太嘉安先生に説明した。

 太嘉安先生は怒るか……と思ったら、意外と静かに、

「君たちのしていることが、あちらの世界にどれくらい影響を及ぼすか、ちゃんと考えたかい?」と訊ねてきた。怒っている印象はない。

「ちゃんと考えることはできていないかもしれません。でも、あの世界の人たちの暮らしをよくできたらいいなと思ったんです」

 有菜は素直に答えた。太嘉安先生は頷く。

「あちらの世界では王侯貴族であってもモンスターの肉を食べているから、もっと体にいいものを、王侯貴族から庶民まで誰でも食べられるようにしようという発想は素晴らしいし、たぶんそれを実行するには科学的なやりかたを持ち込むほかなかったのも想像できる」

 太嘉安先生は茹でピーの殻を剥いてむしゃむしゃ食べて、それから小さく、

「君たちはあっちの世界を、こっちの世界のようにしたいのかい?」と訊ねてきた。

「そうは思っていません。あちらの世界にはあちらの世界のやり方や決まりがあって、それを無理矢理現代日本みたいにしたいわけではないのです。あちらの世界がどんな選択をするか、までは、自分たちにはコントロールできません」

 春臣が正確にそう答えた。それが園芸部の総意だった。

 あちらの世界には異世界らしくのんびりとしていてほしい。でも、異世界のみんながおいしいものを食べられるようにしたい。

 それを説明すると、太嘉安先生は、

「面白半分でやっているわけじゃなくて安心したよ。ちゃんと考えてやっているんだね」

 と、笑顔になった。

「茹でピー、どうだった?」

「あっちの人にめちゃめちゃ好評だったっす」

「鼻血出してるひともいました」

「ハハハ。落花生はカロリーが高いからね」

 そこで園芸部は解散の時間になった。


 ジャージから制服に着替えて校舎を出たところに、土方さんの軽ワゴンが停まっていた。また石井さんのケチャップやトマトジュースの宛名書きをやらされるのだろうか。そう思っていると、土方さんは車の窓を開けて、

「茹でピーってまだある?」と聞いてきた。どこから聞きつけたのか。おおかた酒の肴にしたいとかそういう話にちがいない。

「ぜんぶ異世界の人と一緒にやっつけましたけど」

 有菜がそっけなく答える。土方さんは残念そうな顔をして、

「そうかー。石井が在庫完売記念に軽くパーティやるべって言ってるんだけど、どーする?」と、嬉しそうに笑った。

「パーティですか」沙野がいぶかしむ。

「ヤバいこととかはなんもないぞ。ただ宅配ピザ食べてコーラで盛り上がるだけだ。俺も車だしな」

「え、自分は家に帰らないと……母氏が夕飯の買い出しに出かける時間でござる」

「お前ら高校生だろ、夕飯くらいよそで食ったって叱られやしねえよ。な?」

 というわけで、一同家に連絡をとり、OKが出てから土方さんの車に乗り込んだ。石井さんの作業場に着くと、相変わらずとっ散らかってはいるのだが、宅配のピザがホカホカといい匂いを放っていた。

「おー来てくれたか! まあ座れ、コーラ出してくる。あいにくトマトジュースは今年生産分は完売しちまった」

 一同座る。コーラが出てきた。なんだかすごく悪いことをしているような気分である。

「そんな緊張しないでだーいじょぶだって。『スー●ーマン&ロ●ス』でアメリカの高校生は堂々とパーティでビール飲んでたんだから、コーラくらいじゃなんも言われないって」

 石井さんはそう言ってにやっと笑った。


 ピザとコーラを摂取し、石井さんVS春臣の将棋対決で春臣が圧勝し、きゃあきゃあ盛り上がって楽しくなっているところに、玄関チャイムが鳴った。追加でなにか頼んだのかな、と思っていると、なんだか病的に手足の細い小柄な女の人が入ってきた。

「土方くん、石井くん、久しぶり」

「綾乃ちゃんじゃん! 来てくれたわけ?!」

 土方さんの声が裏返る。どうやらこの人が土方さんと石井さんのマドンナらしい。

「石井くんの夢が叶ったって土方くんに聞いて……なにかお祝いがしたくて、ケーキ持ってきたよ」

「やったー!」

 石井さんは子供のように喜んだ。

「後輩さんたちも来てるんだ」

「おう。こいつら、異世界食糧増産計画ってのをやってんだと」と、土方さん。

「ああ……あっちの世界って食べ物の状態、よくないもんね……」

 綾乃さんはため息をついた。


 綾乃さんも、初めて異世界に行ったとき、食糧の増産が必要だと考えたらしい。しかし難しい病気が見つかって、通信制の高校に転校して、病気が寛解したころにそこを卒業してから大学の農業系の学科に進み、いまは県の農業試験場で職員をやっているらしい。

 もしかしてめちゃめちゃ強い味方を得たのでは。園芸部一同アイコンタクトでそう確認する。

「いまはどちらにお住まいなんですか?」

「すぐ近くのアパート。実家で暮らしてもよかったんだけど、両親がむやみやたらに心配してうるさいから。門限とか面倒でしょ?」

 綾乃さんは笑う。確かに美人だ。

「あの、わたしたちあっちの世界で食糧を倍に増産するのが目標なんです。相談に乗ってもらうことはできますか」沙野が必死の顔で言う。

「もちろんいいわよ。わたしも、通信制に転校してからずーっと考えてた」

 ここにきて強い味方の登場である。石井さんが追加でピザを発注した。それを食べ終えて帰ると、有菜は家族にこっぴどく叱られた。時計は、ゆっくり11時を回っていた。

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