#52 茹でピーを食べよう

 異世界で教科書を使った科学の研究が始まった。それはだいたい、秋の中間テストが終わって、現実世界で落花生の収穫が始まったのと同時期だった。

 たくさん穫れた落花生を、料理部に家庭科室を貸してもらって、よく洗ってグツグツやる。ホックホクに炊き上がった落花生を、有菜は殻を割りひとつぶ口に放り込んで、

「おいひー」と笑顔になった。

「早く異世界に持っていきましょうぞ。あちらでもきっと科学の研究が進んでおるでしょうし」

「うん、これはあっちの人鼻血出して喜ぶぜ」

「茹でピーってこんなにおいしいんだね」と、みんなで盛り上がる。


 鍋をかかえて花壇に向かう。異世界がぼんやりと現れた。村は深い霧に閉ざされている。

「なんか変だ」

 翔太がするどく辺りを見渡す。

「なにごとでござろうか……科学の研究が女神さまの怒りに触れたでござるか?」

「いや、農業用ハウスの見本を持ち込んだことがあるから、それくらいで女神さまの怒りに触れるとは思わないけど」

 有菜は不安でドキドキする心臓をなだめながら、歩き慣れた道を歩いて礼拝所に向かう。

 一同が礼拝所に到着すると、中から祈りの声が聞こえてきた。やはりなにかあったのだろうか。恐る恐る入ってみる。

「――おや。エンゲーブだ。君たちもおいで」

「は、はい!」

 一同礼拝所の中に進む。村人たちはニコニコして迎えてくれた。どうやら心配は無用で、ただ定期的な礼拝をしていただけらしい。

「じゃあ、お祈りの時間は終わりにして、絵解きの時間にしよう」

 クライヴは壇上に絵巻物を広げた。壁にちょうどかけるところがある。それを指示棒で指し示して、神々の教えを説明し始めた。正直園芸部の四人には眠たいだけだったが、絵解きが終わったらクライヴが祈って、それで礼拝は終わりになった。

「あの、あっちの世界の落花生っていう野菜持ってきました」沙野がそう言う。

「ラッカセイ? 初めて聞くなあ。みなさん、出て行かない出て行かない。あっちの世界のおいしい野菜だよ」

「落花生って野菜なの? ナッツじゃなくて?」と、有菜。

「ナッツのフリした野菜でござるな」

「あのアニメ面白いよね。1期もよかったし、2期もいいよね。オープニングもエンディングも豪華なアーティストだったし。原作読んでる? わたしアプリ派」

「自分は単行本派でござる。紙の本が最高でござるよ」

 なんの話かわからないが野菜だということは分かった。

 みんなに、茹でピーの食べ方を説明する。みんな殻を剥いてぽいぽい口に放り込み、「おお、おいしい」とか「栄養ありそう」とか言っている。

 有菜はふと、異世界の庶民に栄養、という概念が根づいていたことに気づいた。クライヴが以前栄養の話をしていたが、それは知識があったからだ。平民から栄養の話を聞くのは初めてだ。春臣が昆虫に栄養があると子供たちに言ったときも、子供たちはよく分からない顔だった。

「落花生はあっちではピーナツって呼ばれてて、ピーナツバターっていう絞った油から作ったパンのお供があって……もともと栄養の足りない人のために作ったものらしいです」

 有菜はピーナツについてそう解説した。

「なるほど。絞っても栄養は汁のほうに残るんだね」

 クライヴが茹でピーをモグモグしながら言う。村人の何人かが鼻血を出していたので、有菜はポケットティッシュを渡した。

「科学の力ってすげーんだな」と、カイルも茹でピーをモグモグして言う。

「あっちの食べ物はどれもおいしいね」ルーイも茹でピーをぱくぱく食べる。


 茹でピーは大好評だった。太嘉安先生のぶんは別にとっておいたので問題ない。一同はクライヴに科学について訊ねた。

「翻訳魔法を使って神殿騎士が翻訳にあたってるところだよ。それからあっちの世界では子供がこんなに科学を学ぶのか、ってことになって、一般の民にも学問ができるようにしよう、って議論が始まってる。とりあえず私が簡単に理科や保健体育から人間の体の仕組みについて説明して、この村で栄養価の高い作物を作っていこう……これは継続的に、掛け合わせとかを利用して、ってことなんだけど、ゆっくりだからね。君たちがいるうちには間に合わないかもしれない」

 クライヴは穏やかな表情で、

「君たちのおかげで分からないことが分かるようになった。数学だってこれから星々を読み解くのに必要になる。長老会は学者を増やそうと仰せだ」

「学者を増やす」有菜はそのまま口に出した。

「そう。学問を国の柱にして、それで外交もしよう、ってことだね。いままでなんでも、人間の間で口伝えされていた魔法だけで読み解こうとしていたけれど、科学や数学があれば怖いことはなにもない。社会科の教科書だって、地理の項目は大変勉強になったよ」

 クライヴは嬉しそうに、ウキウキとそう語った。そこで夜呼びの声が聞こえたので、現実に帰還した。


 現実はすっかり真っ暗だ。太嘉安先生がひとりで茹でピーを食べていた。

「ああ、あちらに茹でピーを持って行っていたんだね。どうだった?」

「すごく喜ばれました」

「そうか。そのうち私も顔を出さなきゃないなあ。クライヴに君たちを任せっぱなしだ」

 う、これはヤバいのではなかろうか。一同固まる。太嘉安先生は、

「なにか後ろめたいことでも?」と聞いてきた。バレバレのようだ。

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