#51 科学は異世界を救うか?

 マリシャが険しい顔で、

「またマレビト由来の技術か」と呟いた。

「素晴らしい技術はどこからもたらされたにしても素晴らしい技術では?」とクライヴがするどく反撃する。マリシャはうぬぬ、と考えて、

「確かに農業用ハウスは素晴らしい考え方だし、肥料の作り方や連作障害についての知識も素晴らしい。しかしマレビトの技術に頼りきりでは、いつか無理がくる」と、確かにその通りだと現実世界の人間も思うことを言った。

「つまりこの世界の技術革新が必要ということですな」

 春臣がうむうむする。マリシャも頷く。

「魔法ではない技術で、科学というものがあります。それが肥料や連作障害の知識になりました」有菜が真面目にそう言うと、神殿騎士のひとり、わりと若い男性がため息をついて、

「科学かあ……長老会から、もっと科学について調べよ、と言われてるんですけど、調べようがなくて困っているんです。異国に知識を求めても、科学を実践的に扱える文明はこの世界に存在しておらず、マレビトの知識に頼るしかない。でも国内でマレビトが現れるのはこのエケテの村だけなのです」と、鎧を着ているのに器用に肩をすくめてみせた。

「――科学について書かれた書物があれば、欲しいですか?」春臣が訊ねる。

「そんなものあんのか?」翔太が春臣をちらりと見る。

「我々の、小学校中学校のころの生活科とか理科の教科書があれば、おそらくこの世界でも使えるのでは」

「春臣、あれあっちの世界の文字しか書いてねーだろ。誰も読めねーよ。だいいちあるのかよ、捨てるだろ普通」

「自分の家族は教科書類は全部保存しているでござるぞ。文章を翻訳する魔法はないんでござるか?」

「ないことはないけどあっちの世界の文字まで読めるかはちょっとわかんないなあ」クライヴがのんびり答えた。

 とりあえず、神殿騎士の皆さんには、近いうちに布をなるだけたくさん送る、と約束をして帰ってもらい、とりあえず翻訳を試してみることにした。

 取り出したのは春臣の肩掛けカバンに入っていたライトノベルである。最近学校ではかけるようになったというカバーを外すと、マリシャにそっくりな赤い髪に赤いビキニアーマーの女騎士がババーンと描かれ、「騎士団に入りたいワケはセクシー団長さんに甘やかされたいからです」という欲望全開なタイトルが書かれている。

「どれどれ」クライヴは表紙に手をかざした。ぼうっと手の甲が明るい青に輝き、クライヴは手の甲に浮かび上がった異世界の文字を見て、

「騎士団に入りたい理由は性的団長様にスイーツされたいからであります」と読み上げた。

「内容はそれでだいたい合ってますぞ」

「おお、あっちの文字も翻訳できるんだね。じゃあキョーカショっていうの持ってきてもらえないかな。どういうものなんだい?」

「子供が学校で勉強するときに見るものなんですけど、科学についてはけっこう難しいのもあります。数学もいります?」

「す、数学もあるのかい?! それは素晴らしい! ぜひ持ってきてくれないか。……ああ、夜呼びだ。帰るといいよ」

 というわけで、一同は現実に帰還した。


 次の日、小中学校の国語と英語以外の教科書を紙袋に入れて、一同はエケテの村に向かった。どさどさ、と礼拝所に、かき集めてきた教科書を置く。

「ありがとう。このカエルの絵のやつが……『暮らす科』とあるね」

「生活科です。小学校の低学年のつかうやつで、あっちの世の中の仕組みについても載ってます」

「どれどれ。……ほほう。これは面白い。つるのついた花の育て方が載っているね」

「これはアサガオっていいます」

「アサガオ。こちらの世界にあったら流行るだろうなあ。おお、料理のしかたとかもある。あ、これが『コトワリ科』だから理科かな?」

 クライヴは教科書に夢中だ。それを見て春臣がぼそりと、

「まるで同人誌即売会の戦利品でござるな」

 とぼやいた。沙野が、

「まあ教科書も厚みだけなら薄い本だしね」

 という高度な返事をした。

「どーじんしそくばいかい?」

「翔太氏はコミケとか知らないでござるか?」

「コミケってあの、コスプレの人とかオタクの人とかが行くやつだろ?」

「コミケはつまり馬鹿でかい同人誌即売会なんでござるよ。地元でも小規模ながらやってるでござる。自分も父氏の一眼レフ借りてレイヤーさんの写真撮らせてもらったりしたでござる」

「地元の『仏滅日曜友の会』ってイベント、サークル出展はだいたい女性向け同人誌ばっかしだからね……コスプレのクオリティは悪くないけど」

 なんの話だ。有菜は沙野をちらりと見た。沙野は暴走していたことに気づいたらしく小さく笑って、それからクライヴに向き直った。

「役に立ちそうですか?」

「うん、大発見がぎっしりだ。これはすごい。布と一緒に都に送ろう。私一人が眺めていていいものじゃない」

 有菜たちは教科書に夢中のクライヴを置いて、村のほうにきてみた。赤い布をつくるので忙しそうだ。少し手伝い、それからクライヴに「あたしたちが教科書持ってきたの、太嘉安先生には秘密にしてもらえませんか」と言った。

「構わないけど、どうして?」

「たぶん太嘉安先生は、わたしたちが異世界にいろいろ持ち込むのをよく思ってないと思うんですよね。こっちの政治とかには関わるなって」

「分かった。なんとかタガヤスにバレないよう尽くそう。バレてしまったときはちゃんと言い訳するよ」

 4人は安心して、現実に帰ってきた。

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