#50 やるべきことと春臣の名前

 さて、染め物にチャレンジした次の日、園芸部一同は草むしりのあとまた異世界に行った。着いてみるときのう染めた布が風にはためいている。布は柔らかな薄紅色だ。

「うまくできたっぽいね」

 有菜はそう言い、なんとなく嬉しい気持ちでクライヴに挨拶した。クライヴはニコニコしていて、どうやらこの布の端っこを手紙に入れて鳥で都に送ったらしい。

「私にはティグリス老師という現役の師匠がいて、神殿騎士から守護神官になってからも都と繋がっていられる。ありがたいことだよ」

「で、この布はどうなるんでござるか?」

「よく調べて、上手くいけば王室に献上、ってところかな。そうじゃなくても都の人だってこんな色の布見たことないだろうから、引く手あまただと思うよ」

 この村に新しい産業が爆誕した。それも園芸部のおかげで。なんだか誇らしい。

「高く売れれば冬の暮らしも楽になる。メジもウーもたくさん得られる。まあそれだけじゃこの世界全体が潤うわけじゃないけど」

「そうなんですよね〜!!!!」

 有菜は赤べこのごとく首を縦に振った。

 村では農業用ハウスの支度が進められており、バケツの田んぼの準備をしていた。苗を育てるところからやるので、種まき用の浅い器にメジの種もみがまかれている。まるっきし米だ。

 季節が違うから上手くいくかは分からない。ただ農業用ハウスのなかはまだ暖房がついていないもののホカホカしている。

「上手くいくかな」と、沙野。

「わかんないけどうまくいくといいなあ」

 有菜はそう答えた。農業用ハウスの透明な天井から、夜呼びが飛ぶのが見えたので、急いで農業用ハウスを出て現実に帰還した。


 帰ってくると土方さんと石井さんがいた。なにやら心配そうな顔をしている。

「どしたんですか」

「いや、有菜が異世界の情報を集めてるって石井に言ったら、何考えてるのか聞きに行こうやってなって」

「なんか心配なんだよ、あっちの世界に肩入れしすぎてやるべきことを見失うのが」

「大丈夫ですよ。こっちは茹でピーに向けて頑張ってますし」

「そうかあ……あっちはどんな様子だ? 俺らの情報なんか役に立ったか?」

 有菜は情報を集めた経緯と、異世界の様子を説明した。土方さんと石井さんは、

「お前らすごいな……」

 と、呆れたように言った。

「あ、そうだ。トマトジュースとケチャップ、セールかけたらだいたい在庫完売なんだが、そのぶん注文の数がエグいから送り状書くの手伝ってくれ」

「またですか〜?!」有菜はうめいた。

「まあまあ。農家仲間からもらったジャガイモでフライドポテト作ったから、それでケチャップ食べていいから」

 なんだかんだ石井さんのケチャップはおいしいので、一同石井さんの作業小屋に向かった。

 

 注文リストを見ながら送り状をコツコツ書く。ときどきフライドポテトにケチャップをつけて食べる。うまいイモだしうまいケチャップだ。

「ケチャップ、おいしいですな」

「なーオタクくん、好きなゲームはなんだ? 素敵なゲームを布教したいんだが」

「自分、家でテレビゲームとかってしないんでござるよ」

 予想外だ。みな話を促す。

「親が嫌がるんでござるな。ずっと非暴力で性的表現のないゲームしか遊ばせてもらえなくて、そんなの面白くないでござるからな」

 それは確かにそうだ。非暴力となるとアンパン●ンすら無理である。

「読書なら好きな本を買っても怒られないんでござるよ、表紙がビキニアーマーの女騎士でもカバーかければわかんないでござるし」

 つまり春臣にとって自由に手に入る娯楽といえばライトノベルなのだ。春臣は続ける。

「高校生になってスマホ手に入れて、ソシャゲでえっちな女の子の出てくるゲームはいろいろやったんでござるが、結局楽しく続いたソシャゲってそんなにないんでござるよ」

 その場のほぼ全員が意外だと思った。

「じゃあオタクくん、将棋指さねえか?!」

「むむ。将棋はちっちゃいころ祖父に教えてもらって、駒の動かしかたは分かるでござるよ。あと自分は春臣という名前があるでござる」

「ああ、すまんすまん。よし! 送り状出来上がり!」

 石井さんは運送業者に集荷を依頼し、それが来るまでの間春臣と一番勝負してみることにしたらしい。百均で500円の折り畳み将棋セットが出てきた。

「すごいな春臣、やっと自分の名前自分で言えたな」

 翔太が春臣を絶賛する。春臣は教室でビリヤニと呼ばれることに甘んじているのだという。

「石井先輩は怖くないからでござる。教室のウェーイは怖いんでござるよ」

「よし。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 結果は春臣の圧勝だった。石井さんが悔しがっているうちに運送業者が集荷に来たので、一同はさっさと帰ることにした。


 石井さんも土方さんも、やるべきことを見失うな、と言っていた。

 それは現実世界で園芸部が活動し続けることもそうだし、授業を受けて課題を提出したりすることもそうだし、健康な日常生活を送ることもそうだ。

 異世界を豊かにしようと頑張りすぎて、ちょっと疲れている気もする。有菜は課題を終わらせて、風呂に入ってからすぐ寝てしまった。


 次の日、草むしりをして落花生がもうじき収穫できることを確認して、異世界に向かうと、なにやら神殿騎士と思しき白い装束の人たちが集まっていた。村人はみな平伏し、クライヴも白装束の正装をしている。

「この村で作られた、薄紅色の布を献上せよと、王陛下が申されている」

 神殿騎士の一人がそう言い放つ。園芸部がそっと物陰に隠れると、クライヴがそれに、

「光栄なことであります。しかしあれは試作品で、衣服を作れるほどにはまだ作っておりませなんだ」と答えた。そして園芸部を目ざとく見つけて、

「あのマレビトたちが、作り方を知ってございます」と、そう言って園芸部一向を手で指した。

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