#49 染め物をしよう

 夏休みが終わってしまった。落花生の収穫を楽しみに待ちながら、園芸部はきょうも草むしりをしていた。

「いやー茹でピー楽しみっすね」

「そうだね、トマトも色づいてきたし」

「花壇はそろそろ終わりですな……」

「なにか彩りになるものを植えたいね」

 そんな話をしていると、またエケテの村に飛ばされた。ちょうどクライヴが帰ってきたところだった。

「出張お疲れ様でした」有菜がそう声をかけた。

「ありがとう。カンは錬金術師に預けてきたよ」クライヴは明るい顔をする。

「もしカンが作られるようになって、夏のあいだの余剰な食糧を保存できたら、冬も過ごしやすくなるんだと思う。それから」

 クライヴは懐から一枚のカードを取り出した。この世界のものにしてはきちっと作られた、なにかの規格に合わせてつくられたもののようだ。

「これ、久しぶりにあったティグリス老師からいただいてきたんだ。魔力を込めてあって、ツボと接続すればだれの魔力も使わないでひと冬農業用ハウスを温められるそうだ」

「おお、チートアイテムですな!」

「だから誰もズルしてないんだからチートじゃねーんだよ」

「まあまあ。この世界ではそういうことができる、って分かっただけでもありがたいから、あんまり春臣くんを責めないであげて。わたしもチートアイテムだと思ったもん」

 沙野が春臣をフォローした。さすがオタク仲間でおな中だ、連携はバッチリである。

 村人たちがクライヴに駆け寄ってきた。クライヴは都からのお土産であるお菓子を広げた。素朴な、現実の菓子でいうところのビスケットみたいな感じだ。砂糖は使われていないようだが、穀物の味がじんわりとする。みんなでポリポリする。おいしい。

 現実世界人が食べておいしいのだから、この世界の人にはずいぶんと美味だろう。村人たちは次々と遠慮なく手を伸ばしぱくぱく食べている。

「大好評だ」クライヴは笑顔になった。


「都だとどんなものを食べるんですか?」

「基本的にはメジの粉だね。パンにしたり麺にしたりして食べてる。野菜は貧相なものが売られているだけ。モンスターの肉は高値で取引されている」

 モンスター肉ですら高値なのか。なんだかつらい現実だ。そういえば都は女神の泉だけでは水が足りなくて井戸があるという話もあった。

「この村の人も、都の人も、王様も、みんなおいしいものをお腹いっぱい食べられる世界」

 有菜はぎゅっと拳に力を入れた。

「それが園芸部の目指すサステナブルな世界なんですな」

「あ、春臣くんもポスター見てくれたの?」

「ええ。男子バスケ部のポスターを思うとずいぶん賢そうなポスターだったと思っておりましたぞ」

「それはうれしい。ていうか春臣くんの口調が変わるのって、初対面とか慣れてない相手には敬語で、そうでないと『ですぞ』口調になるんだね」

 沙野の分析に、春臣は照れたような恥ずかしいような顔をして、

「仲のいい友達っていうのがいままであんまりおらんくてですな。距離感が分からなくてついこの口調になっちゃうでござるよ」

 と、そう答えた。


 春臣のオタク口調はともかく。

 クライヴは都に行ったついでにエウレリアの販路を確保してきたらしい。今年の異世界は夏が遅かったので、エウレリアの出荷はこれからだ。去年に比べると少々小ぶりだが、花の色は去年より黒々としている。

「これも育苗ポットとマルチの使い方を教えてもらったおかげだよ。エウレリアは肥料を食うから、教えてもらった肥料もよく効いたんだ」

 と、ルーイがニコニコして言った。

「それはよかった」

「エウレリアって口紅とかマニキュア……爪を染めるものになるんだよね」有菜は考えつつそう尋ねた。

「そうだよ。去年のこの村のやつは色落ちしにくいって評判だったらしいよ」

「エウレリアで染め物ってできないの?」

 有菜の提案に、ルーイはしばらくポカンとして、

「染め物?」と首をかしげた。

「ちょうど隣村の人たちが来て布が作れるんだから、それを赤く染めれば緑色じゃない服が作れるんじゃない?」

「その考えはなかった……神官さまに相談してみよう」

 というわけで都の滞在費を精算しているクライヴにその話をする。クライヴは、

「確か王国領地の南端のあたりでは、黄色いエウレリアみたいな花がとれて、それで模様のある布を作っていたはず。それは王陛下に献上される価値のものだったな。エウレリアでもできるかもしれない」

 というわけで、エウレリアの売り物にならない小さいやつと、カイルが織ったワフウの布を、同じ鍋に突っ込む。エウレリアの花からじゅわっと真っ赤な色が滲み、布はだんだんと赤くなっていく。

「これは色止めをしないと水で落ちちゃうな。えーと……ヘヘレの漬物の色落ちを防ぐ薬でいいのかな」

「ヘヘレの漬物ですか」有菜がオウム返しする。

「うん、冬のあいだ、緑の季節を忘れないように食べる保存食だよ。よそに売る高級なやつは色止めするんだ」

 クライヴは焼き物の瓶から粉を取り出し、鍋にパラパラと入れた。たぶんミョウバンなのだろう。鍋のなかの色は変わらない。

 煮えた布を取り出し、よく洗って干したところで、夜呼びが飛び始めた。一同は現実世界に帰還した。

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