#48 女神さまのチートスキル

 有菜が情報を集めた次の日、やっぱり草むしりと水やりのあと、園芸部一同は異世界にいた。クライヴに、トレントのことを訊いてみたのだ。

「うん、何度も農地拡大は考えた。でも村から少し離れた木を伐るとトレントが出るんだ。材木や薪にできるのは村のすぐ近くの木だけで、正直今年は冬を越せるかわからない」

 どうやら隣村の人たちが越してきて、仮ごしらえの家を建てた結果、薪にする木材も足りない状態らしい。いまは備蓄でどうにかなっているが、しかしこれから先どうなるか、正直不安な状況だ、とクライヴは言った。

「トレントは倒せないのでござるか?」

「倒せないこともないけど、すぐ生えてくるし倒したところでなんにも得をしないからねえ」

「木材にはならないんですか」沙野の一言に、クライヴはうむうむと頷いて、

「魔物だからね。伐り倒しても火もつきにくいしスカスカで材木にもならないし、戦う労力を思うと非現実的なんだ」

 と、肩をすくめてみせた。

 戦うことが非現実的なトレントをなにか有効活用する方法はないものか、園芸部一同は考え込む。エケテの村の食い扶持はほぼ倍になっている。農地を拡大しなければ十分な蓄えもできないし、材木や薪も足りない。

 なにかないか。一同考え込む。

「ここまで親身になって我々のことを考えてくれるエンゲーブは初めてだよ」

 クライヴが笑顔になった。笑っている場合ではないのだが。

「そのことを、女神さまに伝えてみよう」

「めがみ?」

 よく分からない顔の春臣に、女神の泉の話をする。春臣は「きれいなジャ●アンだ」と呟いた。

 一同外に出る。クライヴは泉に手を浸して、しばらく祈るように目をとじた。数分後、泉がボコリと泡だった。

「女神さまは我々の窮状をご存じだ。これで大丈夫」

「え、そ、そんな簡単な方法で大丈夫って」

 春臣が目をぱちぱちして、それから少し考えて、

「空の鳥野の百合ってやつでござるな」と呟いた。春臣は学校の前で配られていたギデオンの聖書を真面目に読んでみたのだという。

「あれちゃんと読む人初めてみた」

「俺もっす。まあウェーイみたいにフリマアプリに流すのもどうかと思うっすけど」

「あれ売っちゃいけないんだよたしか」

 沙野の静かなツッコミであった。

「聖書はオタク知識の宝庫ですぞ。黙示録なんか荒唐無稽なSFみたいですぞ」

「いやお前も相当な冒涜っぷりだな、フリマアプリに放流するやつとどっこいどっこいじゃねーか」

「……なんの話だい?」

 クライヴを完全に置いてきぼりにしていた。春臣が真面目に「空の鳥野の百合」の話をする。空の鳥は耕したりしないのに生きている。野の百合は何を着ようか悩まないのに美しい。だから人間も神にすべて委ねよ。そういうことらしい。

「なるほど、君らの世界の神はそう言うんだね。我々の世界の神々も、我々の願いを聞き届けてくださる。もちろん一瞬でなんとかなるとかじゃないけど、神々は我々の気持ちを知ることを望まれる」

 そういう話をしていると、空に夜呼びが飛び始めた。一同帰ることにした。


 さて、次の日。やっぱり在庫余剰の石井さんが持ってきたトマトジュースを飲んでいると、また異世界に移動した。

 なんだか雰囲気がきのうと違う。きのうはただの切り株だった木に、ひこばえが結構な規模で茂っていて、村人たちはそれを切り出すのに忙しいようだ。

「チートスキルだ」と、沙野が呟いた。

「チートスキルですな」春臣も呟く。

「なんだチートスキルって」と翔太。

「ズルい手段でうまくやるスキルのことですぞ」

「別にズルくねーだろ。真面目に女神様に祈った結果じゃねーか」

 一同、村人の仕事を手伝う。ジャージを着ているので少々動くくらいなら平気だ。それが片付いて、クライヴにこの木のことを訊ねた。

「女神さまが豊かに施してくれたんだよ。この村の人たちが生きているのを女神さまは望まれる、ってことだね」

 なるほど……。有菜は納得した。

「じゃあ食糧問題も祈れば解決するのでは?」

 春臣がそう切り出す。クライヴは難しい顔をして、

「いちどに聞き届けていただけることは少ないからねえ。ところでそれはイシイくんのクオンキの汁かい?」と、トマトジュースのほうに興味を示した。

「あ、そうだ。この世界って瓶詰めとか缶詰とかってあるんですか?」と、有菜が訊ねる。

「瓶はあるよ。ガラスの細工はあちらと違って拙いけど。缶詰というのはなんだい?」

「これです」

 有菜は足元にあったリュックサックから、サバの水煮缶を取り出した。クライヴはふむふむ、と缶のイラストを見て、

「魚が入っているのかな。でもどうやって食べるんだい?」と訊いてきた。さっそく礼拝所でパキュッと開けて、クライヴに食べてもらう。

「おいしい料理だね。魚も柔らかく煮えている。確かにスライムの肝の味だ」

 クライヴは珍しいご馳走みたいにサバの水煮缶を食べた。一個98円のやつだがおいしいらしい。有菜は他にも野菜や肉の缶詰があることを説明した。

「この缶、というのがあれば、野菜や肉や魚を長く保存できるのか。長老会直属の錬金術師に調べてもらおう。ちょうどちょっと都に出張しなきゃいけなくてね」

「都に出張、ですか」

 なんだか嫌な予感がして、有菜はそう尋ね返した。クライヴはハハハと笑って、

「守護神官候補の神殿騎士に守護神官の心得を教えるだけだよ。心配しなくて大丈夫」と答えた。それなら大丈夫そうだと園芸部は安堵した。

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