#47 トレントとはなんぞ

 石井さんに、異世界食糧増産計画の話をする。石井さんはうーむと考え込み、

「とりあえず今年のうちは、モンスター肉も食べつつの感じか?」と聞いてきた。

「そうですねえ……そうなるでしょうね。野菜の知識は多少あっても畜産の知識は全くないので」

 有菜が答えると、石井さんは空を見上げて、

「難しいもんだなあ。でもなにごとも、やってみなきゃわかんねーからな。俺も応援すっから、頑張ってみ」と穏やかに言った。


 ジャージから制服に着替えて、学校の敷地を出た。このままショッピングモールのフードコートに流れこもうという算段である。それを春臣に言うと、

「え、自分は家に帰ってお昼にするつもりだったでござる。母氏がそうめん茹でてるかも」と言われた。

「いーんだって。高校生になったんだからお昼くらい自由に食べても怒られないよ」

 有菜がそう言って春臣の背中をたたく。春臣はしばらくゲホゲホして、

「まあそれも一理ありますなあ。母氏に連絡するんでちょっと待ってほしいでござる」と答えた。それからスマホを取り出して、超速の両手打ちでメッセージを送信した。

「春臣、お前スマホ打つの異様に速いな……」

「ツイッターで鍛えたんでござる」

 とりあえずOKが出たようなので、ショッピングモールにぞろぞろと向かった。


 ショッピングモール、といっても、でっかいスーパーマーケットに専門店街やフードコートやゲーセンをくっつけた、ただのでっかいスーパーである。フードコートで、一同ジャンクフードをもろもろ買い込み、適当なところに陣取って食べることにした。

「先輩とか友達とだけで外食するの、ドキドキするでござる」と、春臣がきょときょととあたりを見回す。手元には焼きそば。

「まあいいから食おうや。食いながらあっちの食糧増産の話をしよう」

 翔太が焼きそば(大盛り)を眺めながらそう言い、一同いただきますと言って、買ってきたお昼ご飯をつつき始めた。

「たぶんバケツの田んぼは根本的な解決にはならないと思うんすよ」と、翔太。

「確かにそうかもしれない。小さい面積でしかできないからそれこそおにぎり1個ぶんがせいぜいだね」有菜はハンバーガーをかじる。

「なにか、無理のない方法で、冬をゆっくり越せるだけの収穫ができるようにしなきゃいけないわけだ」沙野がお好み焼きをモグモグする。

「あっちの世界は瓶詰めとか缶詰はあるんでござるか?」

「瓶詰め……缶詰。考えたこともなかった」

 有菜が正直に言う。一瞬、以前クライヴが魔法で瓶を開けたような……? という気がしたが、自信はない。

「保存食の技術が向上すれば、冬のあいだの食糧不足が緩和されるのではなかろーかと思うでござるよ」

「……なあ春臣、その口調無理があるぞ。そんな緊張するような相手じゃないだろ」

「でもですな……」

「まあ無理に口調を直す必要はないから。春臣くんは円滑な会話のためにやってるんだよね?」

 オタク仲間の沙野がフォローして、話が再開される。

「あの村にこもってるだけじゃきっとだめなんだよね。里とか平原の農村とか、あるいは都とかを見てみないことには、あの世界の根本的な問題は見えてこないわけで」

 沙野の言うとおりだと有菜は思った。あの世界の王がどんな暮らしをしているのか、園芸部員のみんなは正直なところよくわからない。おそらく、あちらの世界の住民であるクライヴたちもよく分かってはいないのだろう。

 しかし園芸部の面々はあの世界にとってただの客だし、なによりマレビトを疎む思想のせいで思ったように活動できない。

「情報を集め直す必要があるね」

 有菜はスマホを取り出すと、春臣ほどではないが結構な速度でしかるべきことを入力し送信した。

「なにやってるの?」

「土方さんに連絡して、あの世界について分かってることをOB会に教えてもらおうと思って」

「土方さん?」

「OBだよ。石井さんと同期で、やっぱりウェーイな感じのひと」

 そうやっているうちに昼ごはんをやっつけてしまった。アイスクリームのお店がキャンペーンをやっていたので、ちょっと高いなあと思いながらも全員3段アイスを買って食べた。


 有菜が家に帰ってきて宿題を睨みうーうーしていると、スマホが鳴った。土方さんからだ。

「とりあえず分かってることを教えてもらったけど、正味のところお前らの知ってる情報と大差ないと思うぞ」

 とのことで、画像がいくつか添付してある。チャットのスクリーンショットだ。

 内容としては確かに有菜たちの知っていることがほとんどで、うーん、と考えこんでしまう。

 しかし見ていくと、「木を切り倒すなどの開発を進められないのは森にトレントが出るせい」というのがあった。トレント。なんだろう。その画像を保存し、現役の園芸部のチャットに流す。

「木のモンスターですね」

 秒で春臣から返事がきた。ご丁寧になにかのライトノベルのイラストつきだ。でっかい木に顔がついている。

「つまり村を広げて農地を手に入れようとしたことはあったけど、木にまぎれてこのモンスターが出るからできないってこと?」

 有菜の返信に、春臣はなにやらアニメキャラのスタンプを送ってきた。そういうこと、という意味らしい。

 もう詰んでるじゃん。有菜はため息をついた。

 そもそもあの村だけでなく、あの世界全体を潤さないことにはなにも始まらないのである。有菜は二度目のでっかいため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る