#46 油せっけん水で害虫退治

 夏休みのとある日、現実での活動がひと段落して、園芸部の4人は太嘉安先生からの差し入れであるスポーツドリンクをぐびぐび飲んでいた。

 このあいだ開拓した花壇はたくさん花が咲いているし、落花生も順調のようだ。現実に特に不満はない。

「園芸部、入ってよかった。ありがとう三峰氏」

「その呼び方はよせって。ふつうに翔太でいいのに」

「翔太くん、オタクというのは友達を名前で呼ぶのを躊躇するもんなんだよ……わたしだって最初は有菜ちゃんって呼ぶのに抵抗あったよ」

「そうなんすか? まあそれはともかく……草むしりしたし、きょうは何するっす?」

「ミニトマトを土の袋にそのまま植えるのにチャレンジしてみようと思ってる」

 有菜はでっかい「野菜の土」と書かれた袋を持ってきた。袋をあけて、そこにダイレクトでミニトマトの苗を植える。いわゆる矮性トマトというやつで、夏に植えて秋に収穫する苗だ。

「トマトは連作障害がエグいから、畑の土に植えるより袋に植えた方がいいんだって」

「簡単でいいっすね。家に帰ったらお袋に教えてみよう」

「こんなぞんざいな方法でいいんですか? でもミニトマトは楽しみですな」

「有菜ちゃんミニトマトだめなんじゃなかった?」

「石井さんのトマトジュース飲んでるうちに慣れてきた。ミニトマトもイケるようになったよ」

「石井さん?」と、春臣。

「OBさん。異世界のクオンキっていうトマトみたいな野菜に惚れ込んで、同じ味のするトマトを作ろうとしてる」有菜がそう説明した。

「へえ。面白いですな」

 そんな話をしていると、ギラギラの太陽がふいに和らいだ。見渡せばエケテの村だ。


 畑には収穫間近のクオンキがたくさんぶら下がっているが、なにやら村人たちは難しい顔をして畑を見つめている。

「どうしたのルーイ」沙野がルーイに尋ねた。

「いや……初めてみる害虫がわいて、クオンキの茎にたかってて。このまま収穫していいのか分からなくて」

 初めて見る害虫とはなんぞや。一同ぞろぞろと畑を見る。アブラムシみたいな虫がたかっていた。沙野が「うげ」と悲鳴をあげる。

「アブラムシだったら油せっけん水ですぐやっつけられるんですけどねえ」春臣がのどかに言う。油せっけん水とはなんぞ、と村人が集まってきた。

「要するに、せっけん水に油を加えたのを、霧吹きとかでかけてやれば、アブラムシは全滅します」

「でもせっけんなんて貴族じゃないと使えないし」と、カイルが頭をかかえる。

「これは俺たちの責任でもあるんだ。俺たちが故郷から持ってきたワフウに、この害虫がついていたんだよ。ワフウは食べるわけじゃないから、気にしないで布にしていたんだが」

 カイルはそう説明した。この害虫はエケテの村では未曾有の事態らしい。

「せっけんなら簡単に作れますぞ」

 春臣の予想外の一言に、一同ざわつく。

「え、せ、せっけんって作れるのか?!」

 翔太がビックリ声を上げた。

「要するに灰に油を混ぜればせっけんと同じものができます。それにさらに油と水を加えて混ぜれば、アブラムシならやっつけられると思うでござる」

 というわけで、即席でせっけんを作ってみることにした。材料はかまどから集めた灰と、明かりに使われている古いキキラの油だ。

 それをよーく混ぜて、試しに手につけてみる。確かにぶくぶくと泡立って、液体だが効き目はせっけんのようだ。

 それをさらにキキラの油と水を加えて混ぜ、隣村の人たちが布を伸ばすのに使っていた霧吹きに入れる。それをさっきの害虫に吹きかける。

 害虫は現実のアブラムシより敏感だったようで、ポロポロと地面に落ちて動かなくなった。

「あんた、虫の食べ方だけじゃなくやっつけ方も知ってるんだな」

 村人の一人が春臣にそう声をかける。春臣は照れた顔をして、独特な笑い方で笑った。なぜか沙野が恥ずかしそうに目を逸らした。


 その日はそんなに暗くならないうちに、夜呼びが飛び始めた。園芸部が現実に帰ってくると、石井さんがトマトジュースの差し入れを持ってきていた。

「なんか増えてるな」

 石井さんは春臣を見てそう呟いた。石井さんもぱっと見が「20代前半満喫してまーすウェイウェ〜イ」なので、春臣は隠れる場所を探して、自分以外の部員が全員自分より背が低いことに気づいて絶望の顔をした。

「あ、石井パイセン。こいつ春臣って言うんす。オタクだけどいいやつっすよ、異世界で昆虫食広めたり害虫駆除したり」と、翔太がフォローする。

「へえー。まあいいから今年初モノのトマトジュース飲め。うまいぞ」

 というわけで全員でトマトジュースを飲む。相変わらず野生的でちょっとエグみがあって、でもそれが甘みを引き立てていてとてもおいしい。

「おいしい」

 春臣がそうつぶやくと、石井さんは嬉しそうな顔をした。春臣はビクッとした。

「売れると思うか。去年のは在庫が少し余ってしばらくパスタとケチャップライスばっか食ってたんだが」

「おいしいと思います。今年こそ完売いっちゃいましょうよ」

 有菜がそう言い、石井さんはガッツポーズした。

「実はもう予約がちょっと入ってるんだ。去年よりかは売れるはずだ」

 石井さんは笑顔になった。トマトジュースは事実おいしかった。

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