#45 異世界カオマンガイ
「この野菜はどうやって食べるのだ?」
マリシャがパクチーの匂いをすんすんと嗅いでいるが、さっき盛大にチョコレートで鼻血を出していたので匂いはあまりわからないのではなかろうか。
「これは鶏肉と一緒に炊いたコメの飯の上にドンと置いたり、からい麺料理の上に載せたりするっす」
翔太が物おじせずにそう答えた。マリシャはふむ、と考え込む。
「コメ、というのはあちらの世界の穀物だったか」
「そっす。こっちにはないんすか?」
「ないな……穀物はこの村を出て広い平原地帯に出ないと生産されていない。その穀物……メジというのだが、メジは粉にしてパンにする。コメというのはそのまま水と加熱して食べることができるんだったな」
「麦飯と同じでメジとかいうのもコメみたいに炊けるかもしれませんよ」
丁寧な口調で春臣が言う。マリシャは考えこんで、
「粉にするとどうしてもこぼれたりして量が足りなくなる。そのまま食べてみるというのもいいのかもしれない」と言った。
というわけで、平原の農村から物々交換したり買ったりして手に入れたメジに、暴れニワトリのもも肉となんとなくいい匂いのする草、それから塩をぶちこみ、貧相なカオマンガイを作ることになった。その横で空芯菜を炒め物にする。
礼拝所の台所は現実のものに似た、魔法式のコンロがあるのでわりと簡単に扱える。しばらく料理して、なにやら嗅いだことのない香ばしい匂いがしてきた。
どうやらメジが炊けたらしい。鍋をあけてみると、暴れニワトリのもも肉がいい感じに煮えていて、下のメジもふくふくに炊けている。
それを取り出して盛り付ける。なんとなくいい匂いのする草の効果か、暴れニワトリの魔物特有の臭いは消えている。それにパクチーを散らして、お代官さまをもてなす食事が出来上がった。
園芸部一同で毒味をする。うん、うまい。メジは麦とコメの中間の味だ。暴れニワトリの肉も、いい匂いのする草でえぐみが消えている。もしかしてこの「いい匂いのする草」というのはすごいハーブなのではなかろうか。
マリシャも食べる。おいしそうな顔をしている。
「このパクチーというのは独特な味わいがあるな」
「空芯菜の炒め物もどーぞ」
沙野が食器を置く。マリシャは空芯菜をもぐもぐして、
「これもまた美味な野菜だ。あちらの世界の野菜はどれも美味だな」と呟いた。
満腹になったマリシャに、有菜はつかと歩みよった。
「あの。この世界の食糧の生産を、倍にしたいんです」
「……は?」
マリシャの喧嘩腰の返事にも怯まず、有菜は続ける。
「いまこの国は王陛下すら魔物の肉を召し上がっていると聞きました。なんとかして、王陛下が毎日家畜の肉と新鮮な野菜を召し上がれるようになれば、すなわちその足元の民草も潤うと思うんです」
「高い理想だ。できるかは分からないが挑戦してみないことには分からない。しかし、お前たちは3年間しかこの世界にいられない。もう今年と来年しか残っていないだろう」
「後輩たちにも伝えていきます。この世界にじかに関われなくなっても、何らかのアイディアを捻り出すことは可能ではないでしょうか」
マリシャはふふっと笑った。
「あちらの世界の若者は頼りになる」
マリシャが帰っていき、残ったカオマンガイと空芯菜の炒め物を村人に振る舞うと、うまいうまいと盛り上がった。
「野菜や家畜の生産量を倍にするというのは、なかなか難しいことではありませんか」
春臣がそう言う。
「そうだよ、春臣くんたちに引き継いでもらわないと困るんだからね」
「沙野先輩、そんな難しいこと言われても。自分ら農業の知識なんてないですよ」
「とりあえずどこでもメジを栽培できるのを目指すべきだよね」有菜がそう答える。
「いや僕の意見はスルーなんです?!」
「あ、俺小学校のころ、バケツの田んぼっていうのやったっす。でっかいバケツに田植えして、ちょうどおにぎり一個ぶんくらいのコメが穫れるやつ」
「いや僕のツッコミもスルーなんです?!」
というわけで、一同はクライヴにメジの育て方を聞きに行くことにした。礼拝所で帳簿をつけているクライヴに声をかける。
「メジ? ああ、神殿騎士だったころに取り立てにいったことがある。平原は大きな川が流れていて、その水を引いた沼みたいな畑で育ててた。ちょっと待ってね」
クライヴは野菜図鑑を引っ張り出し、メジのページを開いた。
どうやらほぼほぼコメと一緒でいいらしい。四人はバケツの田んぼを提案してみた。
「なるほど、たくさん作ればバケツ栽培でもたくさん穫れるかもしれない。そうしたら平原の村や里まで物々交換したりしにいく必要はないし、年貢だって納めやすくなる」
ただ、とクライヴが続ける。
「メジは春、雪が溶けて暖かくなりたての時期に植えるものなんだ。もう季節が合わないよ」
「そこは農業用ハウスの出番では?」
春臣のナイスアシスト。クライヴはぽんと膝を打った。
そんな話をしていると夜呼びが鳴き始めた。そろそろ帰らねばならない。園芸部一同は現実に帰還し、今回の成果を喜びあった。
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