#44 パクチーと空芯菜とビキニアーマー

 さて、定期テストが終わって、またちょっと余裕のある日常が戻ってきた。テスト期間は土方さんと石井さんが交代で草むしりをしてくれた。

 久しぶりに異世界に向かうと、なにやら村がドンヨリ、というかお疲れ様ムードを醸していた。クライヴに尋ねるまでもなく、おそらくカイルが都の剣術試合で負けたのだろうと推測された。

「どもっす。カイルは」

 翔太が遠慮なくクライヴに尋ねる。

「カイルかい? 剣術試合の一回戦でボコボコにされてね、いまはお家の機織りの仕事をしてるよ」

 一回戦負けである。なんとなく、地元の高校が甲子園に出た時と同じ感じがする。


 久々に会ったカイルは、借りてきた猫のように大人しかった。粗末な、おそらくエケテの村で暮らすことになって建てた小屋で、機織り機をガッタンガッタン言わせている。そして燃え尽きた顔をしていた。

「燃え尽きたのか」と、翔太が声をかける。

「おう。灰すら残ってないな」

 カイルはそう言い、機織り機を操作した。きれいな薄緑の布が織りあがっていく。手間のかかる仕事だ。

「きれいだろ、俺の故郷で穫れるワフウで作った布だ。その村もいまじゃゴブリンの巣窟らしいが」

「そうなのか」

「この村の人たちには本当によくしてもらった。この村の仕事をもっと手伝って、機織りだけじゃなく野菜を育てる野良仕事もしたいと思ってる。所詮農民は農民だ」

「そうか。それで納得してるならそうすればいい。でも都の決勝大会に出たのはすごいことだぞ。誇っていいんだ」

「そうなのか?」

 カイルはぽつりと涙をこぼした。それでいいんだ、と翔太が言った。


 外に出てみると春臣が、村の子供たちと害虫駆除という名の昆虫採集に夢中になっていた。こいつは本当にぶれないやつだな、と有菜は思った。

「こんなにたくさんイナゴが獲れましたぞ! ぜんぶスナック菓子にしちまいましょうぞ!」

 興奮した春臣は端的に言ってオタクの口調だった。あきれつつ、みんなで恐る恐る脚や翅をもぐ作業をする。

 異世界イナゴ――異世界の人たちの認識では「飛ぶ虫」くらいのかんじで、特に名前はついていない――をぱちぱちと炒り、塩を振って、春臣はそれをホイと口に入れる。村の子供たちはちょっとビックリしたものの、真似して口に入れる。

「サクサクするー」

 村の子供たちは笑顔だ。

「昆虫は栄養豊富ですからな!強い子になれるでござるよ!!」

 今どきの高校生でこんないにしえのオタクみたいなやついるんだろうか、と有菜は思ったが、しかし有菜も野ギャルに憧れているのだからブーメランなのであった。

「また虫食べてんのか。お前なかなかエキセントリックなやつだな」

「あ、三峰氏」

「その呼び方変だぞ。ふつうに翔太でいい」

「じゃあ、翔太氏。剣術試合はやっぱり負けたんですか?」

「こんどは敬語か。呼びタメでぜんぜんいいのに。剣術試合はダメだったが農業は頑張るんだそうだ」

「そう……でござるか。この村では野菜のほかに繊維をとる植物が穫れるんでござるな」

「おう。カイルのもともと暮らしてたところはそのワフウっつう植物がいっぱい穫れるんだと。衣食足りて礼節を知るっていうから、きれいな服着てんのも大事だよな」

 その通りなのであった。

 スナック菓子代わりにイナゴをぽりぽりして、それから現実に帰還した。


「この畑に植わってるマメ科植物はなんでござるか?」

 春臣が畑をみて首を傾げる。有菜が答える。

「落花生だよ。茹でピーにして園芸部だけでやっつけちゃおうと思ってる」

「そうなんですか。茹でピーっておいしいんですか?」

「俺がちっちゃいころ、親戚から生ピーナツもらって茹でて食べたんだけど、めちゃめちゃのめちゃめちゃにうまかったぞ?」

「おお……それは期待しかない」

「どうせなら異世界の人とも食べようよ。まあ収穫は秋になるんだろうけど」

 沙野の提案に、一同同意した。太嘉安先生に言ってみたらOKが出た。


 カイルが悟りモードに入って数週間。期末テストを全員赤点なしで乗り切り、夏休みがやってきた。

 パクチーや空芯菜がそろそろ収穫のしどきだ。適宜摘んで、どうやって食べるかの話できゃいきゃい盛り上がる。

「パクチーはカオマンガイにしてコメと肉と一緒に食うとうまいっすよ」

「空芯菜は炒め物でいいよね」

 どんどん夢が膨らむ。どうやって食べようかな、のアイディアがどんどん出てくる。

 そんな話をしているうちに、また異世界に飛ばされてしまった。村にはいつぞやのビキニアーマー代官ことマリシャがやってきていた。

「おお……あれがコスプレじゃないビキニアーマー……」

 春臣が変な方向で感動していた。

「エンゲーブ、増えたのか。して、その野菜はなんだ」

「パクチーと空芯菜です」有菜が答える。

「ぱくちー……と、くうしんさい……」

「まあまあそれよりこれをどうぞ」

 有菜はリュックサックから、オーストラリアの珍獣の形をしたチョコレート菓子を取り出してマリシャに渡した。マリシャは、

「こんなもので騙されるほどわたしは単純ではない」とか言いながら雑に箱と袋を開けてポリポリ食べはじめて、「う、うっま……屈しない、屈しないぞ!」と言って鼻血を噴いた。

「これが姫騎士を拷問するやつ……」

「春臣くん、それライトノベルの読みすぎ」

 沙野の冷静なツッコミ。とりあえずパクチーと空芯菜を料理しよう、ということになった。

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