#43 昆虫食は人類を救うか?

 春臣が入部したことを祝おう、とエケテの村人たちは言ってくれたが、この間の「比較的おいしいオーク肉」からあとはろくなものを食べていないらしい。

「そろそろ畑のヘヘレの収穫なんだけど、気味の悪い害虫にめちゃめちゃ食べられてしまって」と、ルーイが肩をすくめる。

「害虫ですか。どんなのです?」

 なぜか春臣が害虫に食いついた。ルーイは、

「なんていうか……翅が生えてて、脚は6本で、びゅんびゅん跳ねるやつ」と答えた。

「バッタ的なやつってことですかね」と、春臣。

「よし、畑を見てみよう」

 というわけで畑に移動する。畑のヘヘレを食い荒らしていたのは、まさにバッタの仲間だった。

「見た感じイナゴですね。こいつは現実のイナゴより派手だけど」

「イナゴ」みんなポカンとなる。

「これ、佃煮にすれば食べられますぞ」

「え、む、虫も食べられるの?!」と、ルーイ。

「ハイ! 昆虫食は未来の食糧難から人類を救う切り札ですぞ!」

 クライヴがめまいを催した顔をした。ルーイも気持ち悪い顔だ。

「あ、でもわたしも親戚から送られてきたイナゴの佃煮食べたことある。言われなければ小エビの佃煮みたいでおいしかったな」

「あー……俺は旅行先で蜂の子食べたことあるっす。味までは覚えてないっすけど泣いた覚えはないんでうまかったんじゃないすかね」

「あたしテレビで韓国のひとがお蚕さん食べるの見たことある。甘栗みたいにローストして食べてた」

 園芸部一同が昆虫食を推すのを聞いていたクライヴは一つため息をついて、

「じゃあこの害虫も食べられないか試してみようか。どうやって食べるんだい?」と訊いてきた。

「この世界だと砂糖は貴重ですか?」

「うん、平民の口には入らない」

「しょうゆも当然ないですよね……佃煮は無理か。でも炒れば食べられるかもしれません」


 というわけで、イナゴを炒って食べてみることにした。まずは脚と翅をもぐ。クライヴがビビりつつ、何匹か脚と翅を外した。それをフライパンでぱちぱちと炒る。塩をパラパラしてできあがり。

「うーむ……食べるのに勇気がいるなあ」

 ルーイもクライヴも、誰か先に食べてほしい、の顔をしている。春臣が躊躇なく1匹口に放り込む。

「サクサクですよ」

「……俺も食べてみよ」

 翔太が手を伸ばす。有菜と沙野も食べてみる。悪くない味だ。

「こいつらヘヘレを食べて育ってるからヘヘレの味がしますよ」

 有菜がそう言って、やっとクライヴとルーイが手をつける。

「……本当だ。おやつにちょうどいいね」

「うまいですね」

 その日は異世界に昆虫食がもたらされた記念すべき日となった。


 とはいえこればっかり食べているわけにもいかない。なにかもっと現実的な食べ物を増産しなくてはならない。そんな話をしていると鳥がきた。

 クライヴは手紙を読み、

「国中に農業用ハウスを建てるお達しが出たよ。連作障害の話も伝達されて実験されることになった」と、笑顔で言った。

 おお、やったあ。みんなでハイタッチする。

 そんなことをしていると炭焼きのおじさんが礼拝所に入ってきた。

「神官さま、材木を虫にかじられました」

 春臣の目が、眼鏡のむこうで輝いた。


「タイではカブトムシを食べるので、材木をかじったカミキリムシも食べられるんじゃないでしょうか」

「うへえ……春臣、あの白くてブヨブヨしたやつ、本気で食べるのか?」

「やってみねば分からぬではないか、ですよ。まずかったりお腹を壊したら止めればいいんです」

 昔の大河ドラマのセリフで喋る春臣を見て、沙野が「オタクだ……」と呟いた。

 とにかくカミキリムシの幼虫をコンガリ焼いて食べてみることにした。木の香りがして悪くない。

「毎日食べないにしても害虫をおいしく食べられるというのはいい発見だった。ありがとうハルオミくん」

「いえいえ。僕も役に立ててうれしいです」

 そんな話をしていると夜呼びの声がした。みんなで現実に帰還した。


「春臣くん、虫が好きなんだね」

 有菜がそう言うと、春臣は卑屈そうに笑って、

「虫に詳しいだけが取り柄です。しかも頭が理系じゃないんで虫の研究には向いてないし」

 と、恥ずかしい顔をした。

「好きなら理系文系関係ないんじゃない?」

 沙野がそう言う。春臣はやっぱり恥ずかしい顔で、

「や、僕は本当に研究には向いていないと思います。だからラノベ作家目指してます。今年の春初めて新人賞に投稿したんです」

 と、聞かれていないことをしゃべった。

「すげーじゃん。俺なんか読書感想文書くのもヒイヒイだぜ」

「へへ……へへへへ……」

 春臣は不気味な笑い方をした。沙野がなぜか、恥ずかしそうに目を逸らした。


「あ、異世界のことは誰にも話さないで。園芸部と太嘉安先生とOBだけの秘密」

 有菜が念を押す。春臣は軍人のような動きで敬礼した。

「春臣くんって西中なんだっけ。帰り道一緒だね」

「えう?!?! 先輩と一緒に下校なんてラノベの中だけだとばかり……!」

「てか来週からテスト期間始まるだろ。のんびりしてると赤点取るぞ……と、兄貴に言われた」

「そうでしたな……まあ帰りますか。それでは」

 というわけで二手に分かれて解散した。翔太は小さい声で、

「あいつ、いいやつなんすけどちょっと暴走するんすよ」と、有菜に言った。

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