#42 季節外れの新入部員

 カイルが里の剣術試合で優勝したというニュースは、エケテの村に激震をもたらした。

 どうやら鳥というのは近距離で使うにはわりと遅い通信手段らしく、みんなですごいすごいと言っているうちに里から馬車が帰ってきた。

「おかえりカイル。おめでとう」

 クライヴがそう声をかけた。カイルは疲れた顔をしていて、でも機嫌は悪くない。

「ぜんぶ、エケテの村が俺たちを受け入れてくれたからです」

 カイルは実に謙虚にそう言った。都の決勝大会を前にしているわりには緊張していないようだ。

「きょうはなんとかおいしく食べれるようになったオーク肉のいいやつでお祝いしよう。えーと、筋切りして叩いて香草だね」

 そんなことを話しているうちに夜呼びが飛び始めた。帰ろう、となったので、翔太がカイルとグータッチしてから帰った。


 現実世界も夕暮れだ。

 太嘉安先生にあっちで起きたことを説明する。太嘉安先生は、

「都の剣術試合か……強豪がぞくぞく集まってくるだろう。あの世界の田舎の人は近衛兵になることに憧れるそうだから」

「近衛兵って、職業軍人ってことですか?」

 沙野が難しい言葉で尋ねる。

「そういうことだね。王宮に勤めて王の身辺を警護する仕事だ」

 具体的な仕事の内容を聞き、有菜は、

「……ってことは、クーデターとかが起きたら真っ先に王さまを庇って死んじゃうんですか?」

 と、そう尋ねた。

「そういうことになるだろうね。でもまあ、近衛兵になれるレベルの剣術が使えたら、簡単には殺されないだろうと思うよ。石火矢……銃器の取り扱いも教わるんだろうし」

 そういうものなのだろうか。そんなわけで、とりあえず解散になった。


 帰り道を歩きながら、有菜と翔太はいろいろくだらないことを話した。相変わらず翔太はクラスに不満があるらしい。

「なんか、俺に本貸してくれた根暗がいじめられてんすよ」

「え、やばいじゃん」

「本は返したっすよ。すげー読みやすくて一瞬で読み終わったから。なんかクラスのウェーイのやつらが、その根暗……田島っていうんすけど、田島のことすげー悪く言う単純ないじめするんすよ。昼メシだって田島が電子レンジで弁当あっためられないように妨害したり……」

「それは助けるべきだよ。一生の友達になるかもよ。あたしも沙野ちゃん助けて友達になったんだから」

「そういうもんすか? まあ沙野先輩も相当な根暗っぽいっすもんね……」

 そういう話をしたところで分かれ道に出た。二人はそれぞれの帰り道を進んだ。


 次の日の昼休み、グラウンドのすみっこで有菜と沙野が弁当をつついていると、翔太が誰かを連れてきた。

 分厚いメガネをかけて制服をきちっと着た、いかにも真面目なのが取り柄です、みたいな顔の、やたら背の高い男子生徒だ。

「有菜先輩、こいつが田島っす。田島春臣、通称ビリヤニ」

 なんで田島春臣がビリヤニになるのか、と考えて、たじまはるおみ、たーじまはるおみ、タージマハル、インド、ビリヤニということか、と有菜は納得した。

「初めまして。田島です」

 ビリヤニこと田島春臣はぺこりと頭を下げた。

「初めまして。あたし有菜」

「わたしは沙野。翔太くん、どうして連れてきたの?」

「教室で席をウェーイに取られてたんすよ。弁当もまともに食えやしない。だから連れてきました」

「お邪魔します」

「田島くんは何部?」と、沙野。

「何部に入ってもいじめられそうで……中間テスト期間もそろそろ始まるのに部活入ってないとかこんなんじゃ進学無理ですよね、アハハハ」

「じゃあ園芸部入らない? 翔太くんもいるししんどいことそんなにないし」

「い、いいんですか? 自分みたいな根暗が入って」

「大丈夫。わたしも似たような経緯で入った」

 沙野が胸を張る。胸を張ることじゃないような気がする。


 その日の部活の時間、とりあえず見学ということで田島、いや春臣がやってきた。

「うわあ……草むしりから活動始めるんですね。大変だ……」

「でも慣れてくると楽しいぜ」

「そうなんだ……やってみよう」

「はい手袋。こっちが鎌」

「は、はい!」

 春臣はせっせと雑草を駆逐していく。けっこう向いているのではあるまいか。

「おや? こんな季節に見学?」

 太嘉安先生がそう声をかけてきた。翔太が、

「春臣、いっつもクラスのウェーイにいじめられてて、かわいそうなんで連れてきたんす」

 と説明する。

「自分、最初はバスケ部に入ったんです。ご覧の通り背丈だけは高いんで。そしたら紅白戦で先輩からも同級生からもしつこいファウルを先生に見えないところでやられて、こりゃ精神を病むぞと思ってやめたんです」と、春臣。

「そうかい。園芸部はのんびりした部活だし、向いてるんじゃないかな。バスケ部の顧問の先生にはファウルの話をしておこう」

「ありがとうございます」


 次の日、春臣は正式な園芸部のメンバーになった。そして、そうなれば行くところはひとつである。

 去年の春、何も知らないでやってきた沙野が叫んだのとほぼ同じことを、春臣も叫んだ。

「い、異世界だああああ〜〜!!!!」

「あれ、アリナにサヤにショータ! それはだれ? もうニューブの季節は終わってるよね」

 ルーイがそう尋ねてきた。

「いろいろあっていまさっき入部した春臣くん。仲良くしてもらえたら嬉しいな」有菜はそう言った。

「おや、エンゲーブがまた増えたのかい? なにかおいしいものでもてなさないと」

 クライヴもやってきた。というわけで、春臣の入部祝いをすることになった。

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