#40 おいしくする方法を考えよう

 剣術試合の壮行会は盛り上がっているが、この村は夜になるとモンスターが出る。山からゴブリンの偵察隊が来たり、オーガやオークといった鬼類も出るらしい。それを翔太に説明する。

「そんなやばいんすか」

「うん、異世界だからね……あの空を飛んでる黒いのが夜呼び。あれがチラホラ飛び始めたら帰らなきゃいけないんだよね」

「じゃあきょうは帰れないんすか。親になんて説明すれば」

「こことあっちは時間の流れ方が違うから、案外戻れば夕方、みたいなこともあるし、うんと心配することじゃないと思う。ほら」

 有菜は腕時計を翔太に見せた。1秒が異様に長い。

「で、どこに泊まるんすか」

「礼拝所かな……クライヴさん、いいですよね?」

「構わないよ。明日の朝は村のみんなで力のつくものを食べて、カイルを送り出すんだ。君らがいてくれるととてもうれしいし、カイルも喜ぶと思うよ」

 どうやらこの世界では、同じ村の人たちが力をつければ、一人の力も高まると信じられているらしい。

「力のつくもの?」

「うん、ウーをスライムの肝と一緒に炊いたやつ。スライムの肝は何日も泉に晒してあるから、モンスター肉特有の臭みとかはないんだ」

 わお、あの魚の目玉みたいな味のするアレだ。それをウナギの味がする芋と炊いたらうまいに決まっている。

「今年はハウスのおかげもあってウーが余ったんだ。感謝なことだよ」

 そういうわけで、明日の朝ごはんに期待しながら、一同礼拝所に泊まることになった。やっぱり寒いし外からモンスターのうなり声が聞こえてくる。

 翌朝、やっぱりガチゴチに凝り固まりながら目が覚めた。みんなで泉の水を飲む。

「うまいっすね。体があったまるっす」

「そりゃ女神さまの泉だからねえ」クライヴがのどかに言う。

 というわけで朝ごはんだ。ウーとスライムの肝を一緒に炊く。ホクホクのウーとぷりぷりのスライムの肝が出てきた。

「おお……これがスライムの肝」

 翔太は恐る恐る、フォークをぶすっとスライムの肝に突き刺し、もぐっと口に入れた。

「魚だ……魚の目玉だ」

 当然のリアクションであった。

「ここは山だし、川が遠いから魚ってあんまり食べないんだけど、こういう味がするのかい?」

「そうっすね、これもう完全に魚の目玉の味っす。マグロとか金目鯛とか」

「そうなのか。やっぱりスライムの肝は丁寧に料理すると動物の肉みたいな味になるのか」

 クライヴと翔太の話を聞いていて、有菜ははた、とあることに気づいた。

「もしかして、丁寧に調理すれば、オーク肉とかもおいしく食べれるんじゃないですか?」

「オークってあの豚みたいな鬼っすか? えっ、そんなのの肉も食べるんすか?」

「食べるよ。貴重な食糧だ。なるほど、下拵えをしっかりすればおいしく食べられるかもしれないな」

 翔太は完全にポカンの顔である。沙野が、オーク肉のことを話す。魔物肉特有のエグみとか、強ければ強いほどおいしい、とか。

「あたしたちは帰らなきゃいけないんですけど、よかったら実験してみてください」

「わかった。剣術試合のご苦労さん会の用意もしなきゃいけないしね」

 一同、礼拝所を出る。カイルが素振りをしていた。翔太が、

「頑張れよ」と声をかけた。カイルは「おう」と答えた。

「おーいカイル。そろそろ出発するよ」

 ルーイがカイルを呼んだ。カイルは荷物を抱え上げると、馬車に乗り込んだ。クライヴが馬車に魔法をかける。これが安全に里にいくために必要な魔法なのだろう。

 というわけで一同現実世界に帰還した。太嘉安先生がお茶を用意して待っていた。やっぱり料理部に押し付けられたらしい、喫茶店風の分厚いホットケーキが用意してある。

「あっちはどうだった?」

「これから剣術試合に出発するところでした」

「そうか。とりあえず食べてごらん」

 また失敗作かと思いながら恐る恐る喫茶店風ホットケーキにナイフを入れる。口にはこぶと普通にうまい。

「おいしーじゃないですか」

「料理部の新入部員が、ケーキ屋の娘さんなんだそうだ。お家の仕事を毎日見ていたからおいしいものが作れたんだろうね」

「……あれ? あっちでうまいものしこたま食べたのに、もう腹減ってんぞ?」

 翔太が首を傾げる。確かにそうだ。なんでだろう。

「あっちからこちらに戻ってくると、あっちで食べたものは消えてしまうんだ。こっちで異世界の作物が育たないのと同じだよ」

「なるほど……じゃあ異世界でお腹いっぱいになっても太らないってことですか?」

「まあそういうことだね。ただ健康への影響が分からないからむやみにやることじゃない」

「……わかりました」

 有菜はため息をついた。

 喫茶店風ホットケーキをコーヒーでやっつけて、一同解散と相なった。ばらばらと下校していく。

「つぎに行ったらうまいオーク肉が食えるんすかね」と、帰り道を歩きながら翔太が有菜に訊ねた。

「どうだろ。オーク肉、もとがまっずいからなあ……」

「そんなまずいんすか、オーク肉」

「うん。それを国王が食べてる世界だよ、あっちの世界……なんとかみんなおいしいものでお腹いっぱいになれる世界にしたいんだけど」

 有菜がそう言うと、翔太はふむふむ、と納得した顔をした。

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