#39 現実の花壇もお忘れなく
陽射しが眩しい。もうすっかり初夏だ。
太陽が高く上がってみんなを照らす。一同、古ぼけた花壇を見つめていた。
この花壇はいつもの活動場所でなく、部室棟の手前にある。昔はいろいろな花を植えていたそうだが、いまではすっかり雑草がはびこり、生徒たちには忘れられていた。
「うへえ……園芸部に丸投げすんなし……」
有菜は思わずそうぼやいた。
なにをしているのかというと、この花壇を復活させよう、という話が先生方の間で持ち上がり、それを太嘉安先生が引き受けてしまったのだ。当分はこの花壇にかかりきりになるだろう。つまり異世界にはいけないということだ。
「まあ、悩んでてもしゃーないすよ。草刈り始めましょう」
翔太が嬉々として鎌を持ち、園芸用手袋をはめた手で草を掴んで切っていく。しょうがないので有菜と沙野も同じように雑草を始末していく。
部室棟の花壇はヤブカラシと笹とドクダミとオオバコがみっしり生えた、端的に言って「これちょっといじっただけでどうにかなるのか?」という状態だ。でも草刈りして土を掘り起こし、新しい土を入れてなにか植えねばならない。
「あ、ヤブカラシにはスズメバチがくるから気をつけて」
沙野がそう言いながらオオバコを引きちぎる。意外と手際がいい。有菜もしょうがなく、草の根本をざくざくと切っていく。
こうしている間にも異世界では剣術試合が行われているかもしれない。こちらとあちらでは時間の流れ方が違うとはいえ、なんだか心配だ。
「やってるかい」太嘉安先生が現れた。
「お疲れ様です!」翔太が体育会系のノリで答える。有菜と沙野も「お疲れ様です」と言う。
「あっちにいって、しばらく行けないって話をしてきた。幸いいまは時間の流れがゆっくりになっているみたいだから、この花壇が落ち着くころには剣術試合が始まっていると思う」
「そっすか。しかしやばいっすね、この草!」
「草といっても一つ一つ名前があるものだよ。どれも一生懸命生きているんだ」
太嘉安先生の言うことは正しいのだが、しかし草むしりしながら言うことではないと思う。
「あっちの人たち元気ですか?」
「うん。隣村からきた人たちがワフウで布を作っていて、触らせてもらったらサラサラで気持ちよかった」
そうなのか。それはよかった。
「ワフウって要するに木綿みたいな感じなんですか?」
「うん、木綿に近い。ただし最初から緑色に染まっているんだ」
言われてみればあちらの人はよく緑の服を着ているな、と有菜は思った。
みんなで、早く異世界にいきたいので頑張って作業をした。草をむしり終えたら根っこを掘り起こして根絶しなければならない。クワを出してきて、どんどん土をほじくりかえす。
「うひゃー、手がボロボロ」
作業のあと、沙野が手袋を外して渋い顔をした。そりゃあボロボロにもなる。クワみたいな本格的な農業の道具に触るのは初めてだ。
「兄貴の持ってた漫画で『兵農一体』って出てくるんすけど、やっぱその通りっすね。俺は特に豆とかできてないっすもん」
「それはまさかアニメ化が爆死したあの中国古典文学の漫画?!」
「沙野ちゃん、そういうところ食いつかなくていいから」
有菜の手もボロボロだ。翔太だけ、手の皮が厚いのか平気な顔をしている。
さて、土をほじくり返してみると、意外と笹が深いところまで根があり、それを取り除いたら粘土質の地面にたどり着いた。そこで1日目の作業を終えることにした。
次の日。きのうほじくり返した凹みの上に土を入れる。ちょうど植木鉢に土をいれる格好だ。ついでに花壇を囲っている味気ないブロックもどかして、部費で買った安いレンガブロックを並べていく。
「よし! 完成!」
翔太が嬉しそうにそう言うので、有菜はずばりと、
「まだ完成じゃないよ。花とか植えないと」と言ってやった。そう、このまま放置したらまた雑草がはびこるのだ!
園芸部員たちはいったん部室に戻り、園芸の本を開いた。
「どうせなら、ただの学校の花壇じゃなくてオシャレな花壇にしたいよね」と、沙野。
「わかるー。マリーゴールドが整然と植わってるだけじゃつまんないよ」有菜はそう返事をする。
園芸の入門書を開くと、いろいろな花がカラー写真で載っていた。一同は、主役として青いサルビアを、脇役としてアリッサムを、背景としてミズヒキを植えよう、と決めた。ちょっとずつ花の時期が違うので、飽きない花壇ができるに違いない。その花壇計画を太嘉安先生に提出した。
「うん、いいんじゃないかな。いろいろチャレンジしてみるのは大事だ。苗を部費で手配しておくから、今日は帰りなさい」
というわけで2日目の作業が終わった。次の日、花が届いていたのでせっせと植えて、部室に「異世界に行ってきます」と書き置きして、一同は異世界に向かった。
エケテの村では、ちょうど剣術試合の壮行会をしているところだった。みんなでご馳走をこさえて、カイルに頑張れよと声をかけている。
「お、エンゲーブのみんなも来てくれたのかい。ちょうど明日里の剣術試合なんだ。カイルも喜んでくれると思うよ」
クライヴが笑顔で言う。ご馳走は牛の干し肉と早生のクオンキを一緒に煮たものだ。みんなでおいしくいただいた。
「頑張れよ」と、翔太はカイルの背中を一発叩いた。ご馳走を食べたあと、外から夜呼びの鳴き声がして、慌てて帰ろうとしたら、もう現実との繋ぎ目が消滅していた。
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