#38 異世界の連作障害
落花生を畑に植えたり、プランターにパクチーやら空芯菜やらを植えてワクワクしているあいだにも、異世界の剣術試合は近づいてくる。
現実の部活をほったらかして行くわけにはいかないが、剣術試合をほったらかすのもよろしくない。きょうも異世界で、翔太はカイルに稽古をつけていた。
その間に、有菜と沙野は「野菜収量倍増計画」をクライヴと進めていた。
「そうか、たくさん植えればたくさん採れるというわけじゃないんだね。ときどき畑を休ませる必要があるのか」
これは連作障害の話である。クオンキがたくさん採れた次の年以降はしばらく、あまりいいクオンキを採れないのだという。そこで有菜が気づいたのが、連作障害だった。
「去年クオンキを植えた畑にはヘヘレを植える。ヘヘレを植えた畑にはクオンキ。これでいいのかな?」
「そういうことだと思います」
「なるほど……科学というのはそういうことも明らかにしてくれるのか。魔法とは根本的に違うね」
「でもこの世界のやり方、わたしは好きですよ」
沙野がそう言って笑う。
「そうかい? ああ、生ゴミや牛糞を腐らせる話、長老会から全国に発令されたよ。これで国じゅうが豊かになるといいんだが」
「連作障害のことも連絡してみたらどうですか」
有菜の提案にクライヴが頷く。
「いままで原因の分からなかった不作の理由が分かったのはとてもありがたいことだ。クオンキを作った畑には堆肥をすき込んで、クオンキでなくヘヘレを植える。なるほどねえ」
「たぶんクオンキとクツクツは親戚だと思うので、クオンキのあとにクツクツとか、クツクツのあとにクオンキとかはやめたほうがいいと思います」有菜はそう提案した。クツクツはナスに似ているからだ。
「クオンキとクツクツが親戚? ……そうなのかな。ちょっと待ってね」
クライヴは書架から本を一冊取り出した。やっぱり異世界の文字なので読めないが、どうやら野菜図鑑のようだ。
「ふむ。確かにクオンキとクツクツは芽の育ち方や花のつき方がちょっと似ているね。実験の価値はあるかもしれない」
「でも実験って2年かかるんじゃないですか?」
「そうだけど……でも実験してみないことにはなんにもならないからねえ……君たちも無理にこのイセカイに関わる必要はないんだよ。来年には新しいエンゲーブがくるし、君たちもその次の年にはソツギョーしてここには来れなくなる」
異世界人が自分から異世界というのが面白くて、有菜はふふふと笑った。
「笑ってる場合じゃないよ有菜ちゃん。野菜収量倍増計画が危ういんだから」
「だけどそれは翔太くんとかそののちの後輩にお願いしてもいいことなんじゃないの?」
「まあそれはそうだ……でも、後輩が異世界の農業に関心を持つかは分からないじゃん。もしかしたら興味ナッシンかもしれないじゃん」
「うん……翔太くん、ずっと剣術のお師匠さんやってるからね……里の剣術試合ってもうすぐでしたっけ」
「うん、あと4日。君たちを見せに連れて行けないのが残念だ」
「カイルさん、近衛兵になりたいって言ってましたよね。近衛兵ってそんなに憧れの職業なんですか?」
沙野の質問に、クライヴはうーんと唸って、
「田舎の人間が都会で、貴族階級のあいだで成功するとしたら近衛兵しかないかな。まあ里の剣術試合で優勝しても、都の決勝大会ではもっと強い精鋭が集まってて、簡単に勝てるわけじゃないし、近衛兵の仕事は激務だそうだし……」
と、どうもモニョり気味にそう言う。近衛兵の仕事はわりとブラックらしい。
「まあ激務っていっても長老会の使いっ走りの神殿騎士よりはマシなのかな。給料もたんまり貰えるらしいし。神殿騎士は基本的に僧侶だから、食事が毎日出て運動ができて湯浴みができるくらいの補償しかないし、歳をとれば村々に守護神官として飛ばされるし……あ、いや、守護神官の仕事も楽しいけどね?」
思わず本音が出そうになったクライヴの慌てた顔を見て、2人はふふふふと笑った。
「負けたーッ!」
外から翔太の絶叫が聞こえた。有菜と沙野とクライヴは外に出てみる。カイルが木刀を翔太の首に当てていて、翔太は竹刀を手放している。
「おお、カイルが勝ったのかい」
「ショータとあっちの世界の剣術を見て、それを真似してみたら勝てたんですよ!」
「たぶん戦い方に合ってたんだと思うっす」
「あっちの世界の剣術を見るって、どうやって?」
クライヴの質問を聞き、翔太はスマホとポケットワイファイを取り出した。YouTubeを見ていたらしい。
「最近のエンゲーブの持ち込むその『すまほ』って機械、なんだかよく分からないけどすごいよね」
クライヴが変な方向で感心していた。
夜呼びが飛び始めたので、一同は現実世界に帰還した。
「カイル、勝てるかな」
「勝てるんじゃないすか? 稽古してる間に強くなっていく感じだったっす。スジがいいんすよ」
翔太は愛弟子の成長が感慨深いらしい。しかし負けたのは悔しかったらしく、ときどき不機嫌そうな表情をする。
「あいつなら試合を楽しんで強くなれるっす。試合を楽しめるやつは強くなるんすよ。俺みたいに」
翔太は空を見上げた。春もだんだん初夏へと近づきつつある。
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