#37 異世界の職業事情
異世界に竹刀を持ち込むと、クライヴが興味津々で竹刀を観察し始めた。
「なるほど、しなる植物で作ってあるんだね。これならぶつけられてもそんなに痛くなさそうだ」
「木刀ってぶつかると痛いんですか?」
有菜がそう尋ねると、クライヴは頷いた。
「痛いよ、アザになる。神殿騎士だったころによく剣術試合でアザをつくってヒイヒイしてた。下手すると骨が折れるよ」
クライヴは神殿騎士だったのか。なんだか意外だ。有菜はそれを素直に口に出した。
「もともと神殿騎士、っていう守護神官はわりと多いはずだよ。村の守り手ってことだからね。魔法も使えるわけだし」
よくわからないが納得するしかないのであった。クライヴは笑顔で、
「じゃあ、ショータくんにはカイルに稽古をつけてくれたら嬉しい。この村から近衛兵が出たらすごいことだ。あ、正確には隣村か」と、この世界の人らしいことを言った。
翔太は竹刀を持って礼拝所を出て行った。カイルがチラッとドアの向こうに見える。
「そもそも神殿騎士ってなんなんです?」
「ああ、そこか。都には女神さまを祀った神殿があるんだけど、そこを拠点に国政を施行させるのが神殿騎士。ほら、マリシャが年貢の取り立てにきたでしょ? ああいうのが神殿騎士の仕事」
なるほど。要するに公務員ということなのか。
「で、神殿騎士は長く務めると不死化するんだ。女神さまの光を浴び続けるからね。そういう年寄りが守護神官に回される」
「不死化すると目と髪が真っ白になるんですか? それとももともと?」と、沙野。
「私はもともとこの色だよ。目も髪も白いことにビックリした親が私を捨てて、そこを神殿の救貧院が保護して、神殿で育って神殿騎士になった。そういう生い立ちの神殿騎士も少なからずいる」
そういうものなのか。
クライヴの予想外の過去を聞いて、有菜はこうやってけろっと笑えるようになるまでどれくらいかかったのだろう、と考える。子供心に、救貧院で育ったら自分の生い立ちを想像するだろうし。
「私のことを心配してくれているのかい?」
有菜は頷いた。
「大丈夫。神殿騎士になるのはみんなの憧れだったからね。子供のころはよく神殿騎士に可愛がってもらったものだし、剣や槍の使い方も神殿騎士になって覚えたんだ。捨て子で寂しかったことなんて一回もないよ」
クライヴの表情は明るい。
たくさん苦労したからこうやって笑えるのだろう。有菜はちょっと涙目になった。
外に出ると、カイルと翔太が剣術の練習をしていた。
「でかい声を出すと勢いがつくぞ」
「そうなのか? なんかカッコ悪くないか?」
「カッコ悪くても近衛兵になりたいだろ?」
「いやまあそうなんだが……じゃあ、ちょっと声出してみるか……どうやるんだ?」
「こんな感じだ。キエーッ!」
「き、キエーッ!」
キエーッて。確かに剣道は大きな声を出すけれども……。
「喧嘩術みたいな剣術を使ってくる輩がいるらしいんだが、そういう奴ら相手でも声を出したほうがいいのか?」
「喧嘩術か……まあ、だれが相手でもでかい声だして面を狙っていくのが一番だと思うぞ」
「ふむ……」
「じゃあもういっぺんやるぞ。キエーッ」
「キエーッ」
カイルの木刀と翔太の竹刀がぶつかる。力比べに持ち込まれたようだ。翔太はギリギリと耐えて、どうにか弾き返した。
「力比べに持ち込めば勝てるかもしれないな」
「でもそれ剣術なのか?」
「だって喧嘩術みたいなの使ってくるのもいるんだろ? 戦いはフリースタイルでいかないと。流派にこだわってるうちは素人だ」
夜呼びが飛び始めたので現実に帰還した。翔太は汗をかいている。
「翔太くんさ、剣道以外にもなにか剣の勉強してたの?」と、沙野が尋ねる。
「や……海外のいろんな剣術とかゲームのモーション再現動画見たり、家でみんな寝てから庭で動画で見た技の練習したりとかっすね……単なる厨二病っす」
「わかるよ……庭でやったよ、いろんなゲームの剣術。いまはモン●ンの攻撃モーション再現動画見るだけで満足してるけど」
「沙野ちゃんがそんなことするとは思ってなかったよ」
「いや……いつ瘴気を吐き出すモンスターが宇宙から来て、クリスタルを清める雫を取りにいかなきゃいけなくなるかわかんないから……」
沙野の厨二病が度を越している。
「それFF●Cすか? 俺の兄貴がリマスター版買ってたっす」
「うん、わたしは中学のころアンソロコミックを古本屋で見つけて、ゲーム知らないのにキャラクターが可愛くて買ってきちゃって、そこからピク●ブとか漁り出して……リマスター版買って自分がアクションゲーム下手くそ人間なのを思い出した次第で」
「人間っていろいろっすね……」
厨二病は簡単には治らないんだな、と有菜は思った。
現実世界の部活も頑張らないと来年の新入部位には繋がらないので、3人は野菜を育てる相談をした。落花生を育ててゆでピーにしよう、という提案が翔太から出たので、太嘉安先生に相談するとあっさりOKが出た。
「ゆでピー食べられるのは部員だけっすからね。これをダシにして来年新入部員集めるんすよ」
「空芯菜とかパクチーもやってみたいね」
有菜の提案に一同盛り上がる。いろいろ楽しいことが増えてきたぞ!! と有菜は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます