#36 異世界食糧増産計画

 夜、有菜がスマホを無意味に眺めていると、園芸部のグループチャットにメッセージがきた。

「剣術試合のことはタガヤス先生には秘密でオナシャス」

 翔太だ。たしかにそれが賢明だろう。あちらの世界にはむやみに関わるべきでないというのが太嘉安先生の考えだし、もしバレたらめちゃめちゃ叱られそうだ。

 しかし太嘉安先生もあちらに行くことはできる。そしてあちらの人たちから話を聞くのは間違いなかろう。

 それを連絡すると、沙野が、

「じゃあ明日、朝の草むしりの時間にちょっとあっち行ってみる?」と返してきた。


 というわけで翌朝、一同は異世界に向かった。太嘉安先生には、あちらに忘れ物をしたと言ってごまかした。

 異世界はいつも通り平和そうだ。泉はちゃんと湧いているし、村人たちはせっせと畑仕事をしていた。

 クライヴを捕まえて、かくかくしかじか、と説明する。クライヴは、

「まあそれがいいだろうね。里の剣術試合は結局カイルが引き受けてくれたわけだし」

 と、エキ・ロクのお茶をすすった。

 よかった〜。有菜はため息をついた。

 しかしよくなかった。腕時計を見ると始業の時間をサックリと過ぎている。どうやら時間の流れの荒いときに来てしまったらしい。

 3人は慌てて現実に戻った。


 太嘉安先生が他の先生に上手く説明してくれたので、とりあえずお咎めなしで済んだ。次から気をつけよう、と有菜は深いため息をついた。

 昼休み、またみんなでお昼を食べた。翔太はなんだかんだクラスメイトから借りたライトノベルを面白く読んでいるらしい。

「なんか異世界ってものの解像度が上がった気がするっす。あっちにもゴブリンとかいるんすか?」

「いることはいるけど女騎士を捕まえてゴーカンしたりはしてないよ」

 沙野のセリフに、有菜はあやうく卵焼きを噴き出しそうになった。ゴーカンて。その横で翔太は火がついたみたいに顔を赤らめている。

「いやそこは赤くなるとこじゃないよ」

「だ、だって……ゴーカンすよ?! レ●プっすよ?! そんなサラッと口に出します?!」

「翔太くんってわりと奥手なの?」

「まあ……女の子と付き合ったことはないっす……ドラッグストアのそういうグッズの横を顔赤くして通り過ぎるから……奥手っすね。そういう先輩たちはどうなんすか」

 沙野が清々しく一言、

「わたしは二次元にしか興味ない」と言い切った。

 有菜は少し考えて、

「中学のころ同級生と付き合ってた。でもBまでで別れた。なんか男の子に触られるの気持ち悪くて」と答えた。

「そういうもんなんすか」

「そういうものだよ。恋愛なんて最終的に行き着くところは性交渉し放題の関係だからね」

 有菜は思っていることを淡々と言った。


 さて、その日の放課後。

 一同は異世界で、クライヴに去年考えた食糧増産の目標を説明した。「王が毎日家畜の肉を食べられる世界」というものだ。

「そうか、民草が潤うと王まで潤うということだね」

「そういうことです。無理ですかね」

「まあ無理だと諦めたらなんにもできないからね。やってみるしかないだろう。とりあえず、野菜の収量を上げる方法を考えてみるか」

 クライヴは難しい顔をして、

「ヘヘレのリボベジ化に成功したのは、やはり名案と言えるね。これなら年中ヘヘレが食べられる。農業用ハウスも実用化できた。次に工夫すべきはなんだろう」

「肥料じゃないですか?」有菜はそう提案した。

「肥料か。ただ牛糞や生ゴミをすき込んでも効果は薄いんだっけか。タルに詰めて腐らせるといいんだっけ。それはいま試しているところだよ」

「それはこの村以外に広まってますか?」と、沙野。

「いや……そうか、知識は共有しないと意味がない。さっそく長老会に連絡してお触れを出してもらおう」

「その長老会ってのは、農業の指示も出してくるんすか?」

「そうだね、年貢を最後に受け取るのが長老会だから、収量が増えれば長老会も得をする」

 なるほど。


 クライヴと農業の話をして、一同礼拝所を出た。カイルが素振りをしている。

 カイルが翔太に気付いて申し訳ない顔をした。

「この間はすまん」と、カイルは詫びた。

「気にしなくていい。興奮するとだれでもああなる」

 カイルは翔太に木刀を放ってきた。

「ちょっと付き合ってくれよ」

「わかった。手加減なしでいく」

 翔太が閃光のようにかっ飛び、またすぐ勝負がついた。剣道にこんな技あっただろうか。

「里の剣術試合で勝つとどうなるんだ?」

「都の決勝大会に行ける。そこで優勝すると近衛兵になれる。田舎の貧しい家から出世するにはこれしかない」

 たしかにそれはすごいことだ。このカイルという若者の夢は、タイの少年がキックボクシングに憧れたり、メキシコの少年がプロレスに憧れるようなものなのだろう。

「じゃあ俺が試合までときどき稽古つけてやろうか?」

「いいのか?」

「俺なんかでよかったらいくらでもいいぞ。強くなるのは楽しいからな」


 そういう話をしていると、夜呼びが飛び始めた。一同は現実に帰ってきた。翔太は、太嘉安先生に事情を一部伏せて説明し、明日から竹刀を持ち込むことを許してもらった。

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