#35 剣術試合まさかの勝利
日常を退屈に感じる高校時代、異世界にいけるというのは非日常のスイッチが入った感じなんだよなあ、と有菜は眠れない夜に考えていた。
沙野みたいに「ナーロッパ」に詳しい人は当然だし、そうじゃなくても剣と魔法! というのはワクワクする。
そのワクワクで、翔太が暴走しないかが、有菜の心配なことだった。
とにかく寝なきゃ。翔太はしっかりしているからきっと大丈夫。なんとか寝た。
次の朝、トーストにピーナツバターを塗って食べてコーヒーで押し流し、有菜は学校に向かった。
朝練がわりの草むしりを終えて、校舎に戻りながら、翔太や沙野といろいろ話した。
翔太は今朝、クラスの根暗クンに声をかけて、読み終わったライトノベルを貸してもらったらしい。なんだか長いタイトルの、文庫でなく大判のやつだそうだ。
「うーむ。入り口としてはちょうどいいかな。レーベルはどこ? 電●の新文芸? ガ●ガブックス?」
「れ、れーべる……? 出版社っつうやつすか?」
「いや、角●グループだけでラノベのレーベルはいくつかあるから……」
「沙野ちゃん、後輩を詰めない」
「てへぺろ」
授業をちゃんと聞いて昼休み、有菜はいつも通り沙野とグラウンドで弁当を食べていた。有菜は前の晩に弁当を自作するスタイルだ。
「おいーす」
翔太が現れた。沙野が、
「無理にわたしたちに付き合わなくても、クラスの子と食べればいいのに」というと、
「なんかクラスが嫌なんすよ。一部のイケイケのやつらが、本を貸してくれた根暗クンみたいな連中馬鹿にしてるし、そんでイケイケのやつら校則ぶっちぎってるのに先生もなんも言わないし」
と、翔太はクラスへの不満をボソボソ言い始めた。どうやら先輩に話を聞いて欲しかったらしい。
しばらく不満を言って、翔太ははっと我にかえり、
「すんません。愚痴言って」
と2人にわびた。
「まあお弁当食べなよ」と、有菜。
「うぃっす」
翔太は弁当箱……でなく、アルミホイルにくるまれた馬鹿でかいおにぎりを取り出した。いかにも高校生男子のお昼、という感じ。
馬鹿でかいおにぎりを、先に弁当を食べていた有菜と沙野より早くやっつけて、翔太は足元に落ちていたデカめの木の棒で素振りを始めた。
「カッコいいね」有菜が誉めると翔太は照れた。
「家では毎日素振りしてるんで」
「そんなに好きなのに、嫌いな先輩がいるくらいで剣道部諦めたの?」
「なんていうか……中学のとき他校だった2つ上の先輩がいるんすけど、パワハラしてくるし女子馬鹿にしてるし、実際ここでもいじめとかやってるらしくて」
「まじかあ……」
「で、その先輩、剣道はめちゃ強いんすよ。だから大したリーダーシップもないのに部長やってて、気合いばっかりかけて他の部員はみんな萎縮してるんす」
「そいつぁ最悪だ」有菜はため息をついた。
剣道部がそんなことになっているとは。有菜は放課後、グラウンドに向かう途中、そっと剣道部の様子を覗いてみた。
「お前らやる気あんのかあっ」
という怒号が聞こえた。ああ、これはアカンやつだ。
部活をしていると、やっぱり異世界に飛ばされた。
エケテの村の人たちは隣村の人たちとすっかりうちとけていて、一緒に農作業をしている。
ワフウとやらも無事に育っているようだ。泉もいつも通りこんこんと湧いている。
なにやら村の広場で剣術試合をやっているようで、3人はその様子を見に行った。
木刀で戦っている。ルーイがどつかれてぶっ飛んだ。
「カイルの勝ち!」
クライヴが旗を上げた。どうやら隣村との対抗戦らしい。
「おい、エケテは一勝もしてないぞ」
「面目丸潰れだ」と、エケテの村の人たちはザワついている。
「俺いくっす」と、翔太が手を上げた。
「ショータくん?!」クライヴが目をパチパチするが、その間にも翔太はルーイの取り落とした木刀を拾い、真正面にかまえた。
「……始め!」
ひゅんっ、かっ、どすっ。
一瞬で勝負がついた。翔太の勝ちだ。
「しょ、ショータの勝ち!」
負けたカイルという若者が、
「こいつマレビトだろ?! きっと変な術を使ったんだ!」とわめいている。
「マレビトに術なしという格言があるのを知らないのかい? マレビトは魔法すら使えないよ」
「とにかくインチキだ!! 俺は認めないぞ!」
隣村の若者は、なにがなんでも翔太の勝利を認めたくないらしい。翔太は少し考えて、
「インチキしないと勝てないやつが、自分から戦いに行くわけないじゃないスか」と答えた。
隣村の若者はグッと黙ってから、
「それは何流の剣術だ」と尋ねた。
「なに流とか考えたことなかった……学校で覚えたもんで。とりあえずマレビト流ってことにしといてください」
翔太はそう言い、木刀を置いた。
「すごいじゃん」有菜が誉めると翔太はまた照れた。恥ずかしい顔をして、
「中学のときはもうちょい上手かったっす」と答えた。
「うーん……優勝がマレビトは困るんだよなあ。これ、里の剣術試合の代表決めだから」
ルーイがそう言い、園芸部一同は顔を見合わせた。
「マレビトは里にはいけないんすか」
「基本的には。まあ……代表はカイルでいいかな」
クライヴが答えると、カイルが首を横に振った。
「嫌だね。俺は負けたんだ。このマレビトがいちばん強かった」
なにやら不穏な気配である。夜呼びが飛び始めたので、3人はとりあえず帰ってきた。
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