#34 プランターでワフウを育てよう

 園芸部一向は部活動をしているうちに、いつも通り異世界に移動していた。

 翔太にジキを食べさせてやりたいと思って異世界にやってきたが、なんだか様子がおかしい。

「どうしたんだろ」

「さあ……礼拝所行ってみようか」

 有菜と沙野は翔太を礼拝所に案内した。礼拝所ではクライヴが難しい顔をしていた。

「どうしたんですか?」

「隣村の泉が枯れてしまったらしい。この村に水を分けてほしいと言ってきた」

 なかなか衝撃的な話だ。なぜ泉の水が枯れてしまったのだろうか。

「この村で隣村の人たちを受け入れるわけにはいかないんですか?」

「うん……それも考えた。でも隣村はワフウの名産地で、その供給がストップしたら清潔な衣服が手に入らなくなってしまう。モンスター皮の服はすぐダメになるんだ。ワフウの糸から作る服がいちばんなんだよ」

 なるほど。この村と隣村は持ちつ持たれつの関係なのか。

「この村じゃそのワフウっつうの作れないんすか」

「そうだね……ワフウはこの村の、野菜畑にするような土では育たないんだ。隣村の、カサカサして石の多い土でないと育たない」

 カサカサして石の多い土、というのはどういうものだろう。分からないが有菜はしばらく考えて、

「隣村の土をプランター……大きい鉢に入れて、そこにワフウを植えるんじゃだめなんですか?」と尋ねてみた。

「……そんな考えがあったか。植物はぜんぶ地面に植わっているものだと思っていた」


 というわけでクライヴが鳥を飛ばし、次の日園芸部一同がエケテの村を訪れると、隣村の人たちがぞろぞろとエケテの村にやってきていた。

 古くなった樽を切って、即席のプランターを作り、そこに隣村の土と育ったワフウを植え付ける。女神さまの泉の水をたっぷりやる。

 エケテの村人たちは、なんとなく隣村の人たちを警戒しているようだった。そりゃあ泉の枯れた村から来たひとたちだ、警戒もするだろう。

「なんで泉が枯れたんです? それに守護神官は?」

 と、クライヴは隣村の村人に尋ねた。

「守護神官さまが都に用事で出かけて、そこで、あの……謀反人として斬首されてしまって」と、隣村の人たちは悲しい顔で答えた。

「……は?」

「新長老会に従う旨を記した手紙を送っていたらしいんです。それで用事だと呼び出されて、謀反人として……それで女神さまの礼拝ができなくなってしまって」

「それならなぜ新しい守護神官がこないんです? 守護神官がいなくなったら新しいのが赴任する決まりでしょう」と、クライヴ。

「いま僧院は忙しくて、こんな辺境の村に構っている余裕はないと。赤髪の女神殿騎士さまがじきじきに伝えに来てくださいました」

「マリシャも大変だ……しかし辺境の村だからと、女神さまの泉をおろそかにするのは間違っている。僧院に文句の手紙を書かないと」

 クライヴが憤慨しているとルーイが、

「でも神官さま、神官さまが文句の手紙を書いたら、神官さまの命が危ないんじゃないですか」

 と、クライヴのことを心配した。

「まあ、それもそうか……私だって命は惜しいし、この村を守らねばならない。この村の泉が枯れたら二つの村の人々がいっぺんに路頭に迷う。……難しいことは考えないで、とりあえずもてなしの食事をしようじゃないか」


 というわけで、去年食べさせてもらった、一年寝かせた晩生のジキと牛肉の煮物を作ることになった。牛肉は、わりと最近牛を潰したそうで、たっぷり用意できるようだ。

「牛の尻尾はよく煮るとおいしいんだよ」

 と、オリビア婆さん。おお、テールスープだ。

 たんまり用意された牛肉とジキの煮物に、隣村の人たちも園芸部もヨダレがすごい。なんならエケテの村の人たちも久々のご馳走に喜んでいる。

「これがジキすか。きんぴらにしたらうまそうな野菜っすね」

「歯応えは蓮根ぽいけどジャガイモみたいな味するんだよ。おいしいから食べてみて」

「いただきゃす」

 沙野に促されて翔太がスプーンでジキをすくい、口に入れる。しばらくモグモグして、

「こいつぁおいしいや」

 と、しみじみと言った。


 もてなしの食事を村の広場で食べていると、泉がごぼ、と泡立つ音が聞こえた。

 クライヴが慌てて近寄り、手をひたす。

「――女神さまは、お喜びだ。この村の寛大な態度を素晴らしいとお認めになられた」

 拍手が巻き起こった。

 ジキと牛肉のスープを食べ終えて、園芸部は夜呼びが飛び交い始める前に現実に帰ってきた。


「ジキってうんまいっすね。フライにしたら無限に食えるやつだ」

「やったやった、フライドジキ。村の人たちにも好評だっけ」と、有菜は笑う。

「あ、翔太くん。異世界のことはぜったいに秘密だから、異世界の野菜のことは心の中に隠しておいて」

「うっす」

 そういう話をしていると、太嘉安先生が近寄ってきた。一同はあちらであったことを説明する。

「あちらの世界はまだ荒れているんだね……でもあちらの世界の政治や騒乱について、むやみに考えるのはよしたほうがいい。あちらの世界にはあちらの世界の道理ってものがある」

「わかったっす」

「くれぐれも授業中にあっちのことを考えて先生の話を聞き逃すことのないように」

 有菜は自分が悪いお手本にならないよう、真面目に勉強しよう、と決めた。

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