#33 ケチャップを発送しよう

 有菜と翔太は中学校が同じなので、帰り道の方向もほぼ一緒だ。沙野と別れててくてく歩いていると、どこかで見た軽ワゴンがぶいーんと走ってきた。

「よっす有菜。それ新しい彼氏?」

 土方さんだった。助手席には沙野が困った顔で座っている。

「後輩です。なんの用ですか」

「石井がケチャップの発送をするから送り状書くの手伝ってくれってさ」

「そーゆーのネットでぱぱーっとできないんですか」

「それが石井、ネットでやろうとしたらパソコンが寿命だったみたいで、スマホからサイトいじって受付は停止してるんだけど注文確定分だけはリストにして印刷してあるらしいんだわ」

 パソコンが寿命と言われて、有菜はふと父親の言っていたことを思い出した。

「パソコンてアホみたいに高いわりにすぐ寿命きますよね」

「だよなー!!!! で、後輩くんはどうする?」

「あの、どちらさんです?」

 翔太は殺気だった目で土方さんを見ていた。


 有菜と沙野が土方さんのことを翔太に説明した。ついでに石井さんのことも話した。それで納得して、翔太も土方さんの車に乗り込んだ。

「おいしいトマトですか」

「そう。異世界にクオンキっていう野菜があって、それの味のするトマトを作ってる」

 沙野がそう説明する。翔太はうむうむと納得したようだが、しかしまだ殺気だった目は解除していない。

「そもそも異世界の野菜と同じ味の野菜なんて作れるんですか?」

「石井さんのトマトジュースをあっちに持ってったらみんなクオンキのおいしいやつって言ってたけど」

「はあ……てか土方先輩、なんで園芸部に?」

「そりゃもう単純に女目当てだ。学年のマドンナが園芸部に入ったから、俺も石井もお近づきになりたくて園芸部に入った次第。まあそのマドンナ、夏休み前によその通信制に編入しちまったんだけどな」

「よその通信制に編入、っすか」

「なんか難しい病気がわかって通学は難しくなっちまったんだと。俺も石井もおいおい泣いたよ」

 そんなことを話しながら石井さんの作業小屋に向かう。作業小屋には大量のケチャップの瓶が積まれていた。

「よっす。加勢にきた。後輩も増えてるぞ」

「まじ?! 園芸部に新しいの入ったわけ? なにが動機で?」

「有菜先輩がいるので……三峰翔太といいます」

「翔太くんか。俺は石井だよ」

「なあ石井、女目当てで園芸部に入部するって、やっぱり男子あるあるなんじゃね?」

「有菜目当てかー……」

「や、その、目当てってほどじゃなくて。俺中学で剣道やってたんで、高校いっても剣道やるつもりだったんすけど、剣道部に嫌な先輩がいて。それで園芸部にしました」

「剣道ねえ……あっちの世界で役に立ちそうだな」石井さんがぼやく。

「太嘉安先生に『むやみに殺生をするな』と釘刺されたっす」

「そうなのか。で、これが発送先のリストなんだが」

 バサッと書類の束が置かれた。

「えっこんなに? こんなにたくさん宛名書きするんですか?!」有菜は思わず悲鳴を上げた。

「おう。俺一人じゃなんともならんから土方を召喚した。で、土方がお前らを召喚した」

「いや俺ら召喚獣じゃないんで」

「翔太くんはゲーム好きなのか?」と、石井さん。

「まあ嗜み程度に。ソシャゲを無課金で遊ぶとか中古屋で昔流行ったゲーム買うとかそんな感じっす」

「そうかー。そうだ、世界でいちばん面白いゲームってなんだか知ってるか?」

「いや、ゲームの面白さはあくまで主観だと思うっす」

 石井さんが将棋の世界に翔太を引きずりこもうとしたところで、土方さんが、

「それはいいから手を動かそうぜ」

 とぐうの音も出ないほど真面目なことを言った。

 というわけでみんなで宛名書きと梱包作業をする。ガラス瓶なので新聞に包んでからプチプチでくるみ、箱にも緩衝材を詰める。

「けっこう売れてるんですね」と、沙野。

「トマトジュースは前から売ってて、それで味を知ってくれた人がけっこういて、それで売れてる感じだな。まあ大きな利益ではないが」

「いいよなーやりたいことがあって。俺なんか高校出てからこのかたずっと鉄工所でメラメラパチパチだぞ」

「それはそれでお前のやりたいことなんじゃね?」

「どうだろうな。よしできた!」

 みんなで宛名書きと梱包を終えた。石井さんは軽トラに荷物を乗せて、運送屋の営業所に向かうそうだ。有菜たち現役園芸部は帰ることにした。

 土方さんの車のなかで、

「異世界にもうまい野菜ってあるんすね」と、お土産に持たされたトマトジュースを飲みながら翔太がつぶやく。

「なんていうか、こっちの野菜とはベクトルの違うおいしさだよ。苦みとかエグみもあるけど、たっぷり太陽を浴びたおいしい野菜、って感じ」有菜はそう説明した。

「へえ……あれっすね、昔ながらのトゲトゲきゅうりがおいしいのと同じっすね。このトマトジュース、小さいころじいちゃんちで食べた地物のトマトみたいな味するっす」

「うまい野菜は甘くて柔らかくて口当たりがいいだけとは限らねーんだな。俺ぁあっちで食った野菜だとジキっつうのが忘れられない」

「ジキ」

「食ったことないか? 次行ったら食わしてもらえ」


 というわけで、一同はそれぞれ家に帰った。

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