#32 翔太の剣技

 新入部員をひとり無事に確保したものの、そのあと園芸部を見に来る物好きはいなかった。みんな球技の部活に流れてしまうのだ。特に男子バスケはちょっとした強豪で、生徒の数に対して部活が多い学校なので男子バスケ部のせいで割を食う部活がけっこうある。

 そういうわけで園芸部の新入部員は翔太一人だった。それでもありがたい新入部員だ、まずはやることをざっくり説明する。

 毎日の草むしりと、当番制の水遣り。季節季節の花壇計画や菜園計画とその実行。思ったよりやることが多かったらしく、翔太は難しい顔だ。

「けっこう忙しい部活なんっすね」

「まあ冬はお茶飲みながらお菓子食べてる部活だから。中学時代の感覚でご飯食べたら確実に太るから」

 有菜は実体験からそう説明した。

「で、問題の秘密っていうのがこれなんだけど」

 沙野の言葉に一同顔を上げる。

「あの……ここ、どこです?」

「異世界だよ」有菜が当たり前みたいに言うと、翔太は困った顔で、

「イセカイ……って言われても。クラスのなんか根暗そうなやつの読んでた、ライトノベル……? のやつですか?」

「根暗じゃなくてもライトノベルは読んでいいんだよ!! 翔太くん、沙野先輩がオススメ貸してあげよっか?!?!」

「沙野ちゃん、鼻息が荒いよ」

「おふっ。だって布教のチャンスだよ。翔太くんはどんな本読むの?」

「井上ひ●しが好きです。あと中島ら●」

 まさかのちゃんとした小説だった。

「あれ? アリナとサヤだ! その人は新しいエンゲーブ?」

「あっルーイ! 元気だった?」

「えっ、この外人さん先輩たちの知り合いなんですか?!」

「外人さんじゃないよ。異世界人」

 有菜はそう言って、ルーイに翔太を紹介した。

「ショータ。よろしく」

「う、うっす……腰にぶら下げてるのは剣ですか? 真剣?」

 言われてみればルーイは腰に剣を下げている。本物の剣なんだろうか。

「真剣だよ。俺だって弱いモンスターなら倒せるよ。スライムとか」

「ドラ●エじゃん!!

 最初からそう説明すればよかった。

「おや? 新しいエンゲーブだ。男子だね」

「初めまして。翔太といいます」

「私はクライヴ。このエケテの村の守護神官」

「守護神官……ゲームみたいだ」

「まあ『な●う』の異世界はゲームで遊んだくらいの世界への知識で作ってあるから……この世界がそうだとは言わないけど」

「なんすか『な●う』って」

「まあそのあたりは根暗のクラスメイトに訊いてみて。まさかの友情に発展するかもだから」

「はあ……」


 というわけで、エキ・ロクのお茶を飲みながら、翔太の持ってきた栄養食(チョコレート味)をぱくつく。ぜったい太るがカロリーの高いものはおいしいのでクライヴとルーイはニコニコだ。

「ええ?! 有菜先輩と沙野先輩が農業用ハウス作ったんすか?!」

「いやいやいやいや……この村の人たちが頑張ってくれたから出来たんだよ」

「でも実物を持ってきてくれたのは君たちじゃないか」

「クライヴさんとティグリス老師が頑張って製図したじゃないですか。ところでティグリス老師はどこに?」

「都の神殿騎士団が呼び戻しにきて、それに応じて帰られたよ。長老会も王への謀反でなくなったけど、新長老会もその謀反の首謀者として潰してしまうそうだ」

 やっぱり内乱は続いていたのか……。二人がしみじみとため息をつくと、

「あの、情報量が多いっす」

 翔太がそう呟いた。一同、ここまでのあらすじを説明する。

「ドラ●エみたいな世界でも政治ってややこしいんすね……王様がぜんぶ決めるんだと思ってたっす」

「もしかしたら長老会の合議制も時代遅れになりつつあるのかな。王が絶対的権利を持ってはならない、ってところから長老会は始まったのだけど、結局私利私欲に走るんだよ、人間は」

 耳の痛いことであった。


 王への謀反を起こした長老会は、実は新長老会に操られていた……というでっち上げの理由を作り、新長老会を潰してしまおうというのはなかなかすごいやり方だ。日本でやったら確実に炎上、いやそれじゃ済まない。

 なんとなく大河ドラマで観た展開に似ている。殺伐にもほどってもんがあるでしょうよと有菜は思った。


 のんびりお茶なんぞ飲んでいると、外から悲鳴が聞こえた。慌てて全員飛び出すと、スライムがライラさんとその赤ちゃんを襲うところだった。

「借りる!」

 翔太はルーイの腰に差してある剣を一瞬で奪うと、ズバリとスライムを斬りつけた。スライムは「プギュッ」と悲鳴を上げ、そこにクライヴの電撃魔法が突き刺さる。

 スライムは動かなくなった。翔太は剣をルーイに返して、腰のくだけていたライラさんを助け起こす。背負われていた小さな赤ちゃんは、何が起きているのか分からないらしく手足をばたばたさせている。

「……ショータくん、そんな勇気があるとは」

 クライヴがしみじみとそう呟く。ライラさんは貧血気味なのか、フラフラしながら翔太に礼をいう。

「ありがとうございます、マレビトさん。助かりました」

 翔太は照れた顔をして、小さく頷く。そこで夜呼びが飛び始めたので、3人は現実に帰った。

「カッコいいじゃん」

「一応剣道やってたんで……」

「あの異世界のことは、園芸部とOBだけの秘密ね。誰にも言っちゃだめだよ」沙野が念を押した。翔太は頷いた。

 太嘉安先生にきょうの出来事を報告すると、あまり簡単に殺生をするなと叱られてしまった。肝に銘じます、と翔太は答えた。

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