第二部 異世界二年生

#31 二年生になりました

 有菜と沙野は、高校2年生になった。

 新学期早々、二人は悩んでいた。新入部員の勧誘について、である。

 園芸部に入部するともれなく異世界がついてくる。しかしそれを園芸部以外のひとに知られてはならない。だから園芸部の部員募集ポスターに、「行こう! な●う的異世界!」と書くわけにはいかないのである。

 しかし新入部員ゼロも困る。有菜と沙野が卒業したあと、異世界とこちらの世界のつなぎ目を太嘉安先生に丸投げするわけにはいかないと、有菜と沙野は考えていた。

 太嘉安先生だっていずれは定年退職するし、もしかしたらよその学校で教頭先生とか校長先生になるかもしれない。だから自分たちに続く「繋ぎ目の守護者」が必要だった。

 部活勧誘ポスターの用紙を前にして、二人はぐぬぬの顔をしていた。自分たちみたいに何も知らないで異世界に行くことになったらきっと困る。しかしここは高校なのでケムシ暗号やタヌキ暗号で誤魔化せるものではない。だいたいそれは沙野の好きな漫画の話だ。

 とにかくポスターを書いて一年生の昇降口に貼らねばならない。イラストを描き慣れている沙野が描いてくれることになったが、まさか異世界ファンタジーアニメ調のイラストを書くわけにもいかない。

 しかし実質、園芸部の活動は花壇をいじったり野菜を植えたりする以外は、ほぼ異世界で食糧問題を考える部活だ。うーん、と考えて、日曜朝の園芸番組の野菜コーナーでも言っている「サステナブル」という文言を盛り込むことにした。


 出来上がったポスターを生徒会に確認してもらって、それを一年生の昇降口に貼る。「バスケってきもちい!」という文章とボールの絵だけの、なんとなく頭の悪そうな男子バスケ部のポスターの隣に、

「サステナブルな世界を目指す園芸部 植物で世界を学ぼう 部員募集中」と書いたポスターを貼る。男子ウケを意識して、学ランの男子がビオラの咲いた植木鉢を抱えているイラストが描かれている。さすが沙野、オタクちゃんだけあって絵がうまい。そしてイラストの男子は、どことなくルーイに似ているのであった。


「ところで有菜ちゃん、有菜ちゃんはなんで園芸部に入ろうと思ったの? 野ギャルとかいうのがきっかけ、っていうのは知ってるけど、わたしたち一年生のときは部員紹介とかやってなかったよね」

「あー、ないなら作ろうホトトギスの気持ちで生徒手帳の部活一覧開いたら園芸部があって」

 言った自分で面白くなって、有菜はまた「ないなら作ろうホトトギス……」と呟いてしまった。

「そっかあ……まあ、リーダーがこれといって必要ないもんね、園芸部……あ」

「どうしたの?」

「部活紹介、二人でやらなきゃいけないの忘れてた」

 沙野は青ざめていた。有菜だって人前に立つのはあまり得意ではない。でもなにか、園芸部をアピールするパフォーマンスをしなくてはならない。

 しかし二人でショートコントができるわけでも、作品を掲げられるわけでも、楽器や合唱ができるわけでもない。柔道の受け身やサッカーのリフティングができるわけでもない。どうやってなにをアピールすればいいのやら、二人はうぬぬ……と考え込んでしまった。


 結局、一年生を迎える会の部活紹介は、シンプルに活動実績の話をする……つもりだったが、なんだかんだ異世界の活動が主なので実績といわれてもどうしようもない。スマホで撮った画像はあるが、しかし有菜が異世界を写したものはどれも白く霞んでいる。沙野いわく「きさらぎ駅だ……裏●界ピクニック的なやつ……」とのこと。なんのことやら。

 そう思っていたところで、沙野が自信ありげにスマホを取り出した。なんと、用意のいいことに去年の夏大豊作だったトマトや、たくさん咲いた帝王貝細工の画像がある。それをスライドで映すことにした。

 職員室で太嘉安先生にお願いして、いまどきなかなか見ることのないOHPの透明シートにトマトと帝王貝細工の画像を焼いてもらった。これでよし。

 一年生を迎える会の本番、二人は無事にスライドを使ってこんな部活ですよーとアピールできた。ただし、実際の活動の半分以上は伏せたままだが。


 一年生を迎える会があった日から、一年生の部活見学がOKになった。さっそく、わりと大人しい印象の一年生男子が見学にきた。

「三峰翔太といいます。見学させてください」

 三峰翔太。どこかで聞いた名前だなあ、と有菜は思って、はっと思い出す。中学のとき、一個下の学年にいた剣道部のエースだ。2年生で県大会の準優勝を掻っ攫ったとんでもないやつ。

「剣道はやらないの?」

「やりたかったんっすけど、ちょっとここの剣道部、覗いてみたら印象悪くて。それにもっとのんびり気楽にできたらな、と思って。それに有菜先輩もいるし」

「お、おう?!」有菜の口から変な声が出た。

 有菜は別に元剣道部員でもなんでもない。なぜこの、剣士というには小柄で童顔の後輩に慕われているのか。そこを訊いてみる。

「だって有菜先輩有名だったっすよ、オシャレで。いつも髪をきれいにしてたし、いい匂いしたし。後輩の男子はみんな有菜先輩が好きだったっすよ」

「なにそれ照れる……」

「有菜ちゃん、ちなみに同級生の男子にはどう思われてたの?」

「オシャレなだけが取り柄のガサツなやつって思われてたらしいよ」

 沙野のナイスツッコミと有菜のナイス返事に、翔太の鍛えた腹筋が悲鳴を上げた。

「実は、園芸部には一つ秘密にしてる大事なことがあってさ」と有菜は切り出した。

「それは園芸部に入ってもらわないと説明できないんだけど、そりゃもうすごい秘密なわけよ。ぜひ教えたいわけよ」と有菜は続ける。翔太は困った顔で、

「……そんなこと言われたら入部するしかないじゃないっすか」と答えた。新入部員確保の瞬間であった。

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